エッセイ · 写真

イリーナ・ロゾフスキー「Miracle Center」。

Irina Rozovsky. Miracle Center.

額が、写真を変える。

イリーナ・ロゾフスキー、Miracle Center。小さなヴィンテージの額に収めた日常の写真


新しい写真、古い額

イリーナ・ロゾフスキー(Irina Rozovsky)は旧ソ連に生まれ、アメリカで活動する写真家。長年、身のまわりの暮らしを撮ってきた。家族、友人、木々、家の片隅、壁に落ちる光。写真に大きな出来事はいらない。ふつうの日々から生まれる。

2019年、彼女は Miracle Center を始めた。方法は簡単。骨董店や eBay で古い写真立てを探す。それから自分の写真をプリントし、大きさに合わせて切り、なかに収める。

額の多くは旅行用の額。小さく、折りたためて、愛する人の写真を旅に持っていけるようにつくられたもの。幅が数センチほどのものもある。アトランタのハイ美術館が所蔵する一点は、約3×2インチのインクジェットプリントで、作家が選んだ額に収められている。

出来上がるのは、手のひらに収まる小さな物。先週撮った写真が、何十年も前のものかもしれない額のなかにある。

額は黙っていない

ギャラリーでは、額はふつう消えるように選ばれる。細い縁、中立的な色、気を散らすものは何もない。ロゾフスキーは逆をする。彼女の額には装飾があり、色があり、傷があり、すり減った金箔がある。額が語る。

裏庭の木の写真が古い金の額に入ると、写真の調子が変わる。より貴重に、より私的に、形見のように見える。顔が楕円の額に入ると、その人は生きているのに、遠い昔にいなくなった人の肖像として読んでいる自分に気づく。額の色、形、装飾は、考える間もなく見方を導く。

ロゾフスキーはこの連作を、時間と視覚の空間で遊ぶための誘いだと語っている。額は写真を過去へ引き寄せる。写真は額を現在へ引き寄せる。見る者はそのあいだに立ち、目の前にあるのが今日の物か、何年も前の物か、決めかねる。

それは写真についての小さな教えでもある。写真に固定した意味はない。意味は置かれる場所によって移ろう。財布のなか、家族の祭壇、美術館の壁、スマートフォンの画面。

なぜこの小さな物は心に残るのか

2020年、Miracle Center は、ニューヨーク近代美術館が新しい写真表現を紹介する定期展 New Photography で展示された。同館のキュレーターは、額が写真を親密で貴重な物に変え、歴史を呼び起こしながらも、撮られた瞬間の自然さを保っていると記した。

ほとんどの写真が画面の上にしか存在しない時代に、Miracle Center は写真を物へと戻す。額に入った写真には重さがある。裏板があり、蝶番があり、ガラスがある。落ちることも、割れることも、伏せて置かれることもある。

そして額は中古品なので、どの作品も誰にも語れない来歴を抱えている。誰がこの額を買ったのか。誰の写真を入れていたのか。どうして骨董店に行き着いたのか。ロゾフスキーは答えない。ただ新しい写真をなかに収め、二つの物語を隣り合わせにしておく。

Miracle Center という題は、どこかの戸口の上の看板のように響く。ロゾフスキーはあまり説明しない。だがこの小さな物を見ていると、奇跡はありふれたものに思えてくる。ありふれた一日が、手に収まる額のなかに留められている。