エッセイ · 嗅覚アート
上田麻希。Olfactoscape Ver. 1。
Maki Ueda. Olfactoscape Ver. 1.
眺めるためではなく、ただ歩き抜けるための風景。
円形のカーテン、像はない
2010年、上田麻希(Maki Ueda)は大阪で Olfactoscape の最初のバージョンをつくった。作品は直径3メートルの円形の空間で、カーテンに囲まれている。カーテンには何も印刷されず、何も投影されない。外から見ると、ほとんど空っぽに見える。
だがカーテンの表面には、匂いが塗られている。それぞれの香りは、目には見えない特定の一点にある。訪れる人は目を閉じ、ゆっくり歩き、嗅ぐよう促される。近づいてくる香りもある。遠のいていく香りもある。
そのリストは正確。檜、樟脳、スズラン、桜、野ばら、落ち葉の森、生姜、柚子、松茸、山百合、シナモン、草。抽象的な名はひとつもない。どれも一本の木、一輪の花、一片の土地。
このバージョンは Inframince が制作し、Yamamoto Perfumery の協賛を得て、Pantaloon が作家とともに設置した。Olfactoscape はその後いくつものバージョンへと発展し、それぞれが空間に香りを置く別の方法を試した。
鼻で見る
題は上田の造語。olfacto は匂いに関わること、scape は landscape(風景)の scape。上田は Olfactoscape を、嗅覚の限界と可能性を探る研究プロジェクトと説明している。
問いは単純。鼻で風景を眺めることはできるか。上田は理論では答えない。他の人が試せる部屋をつくる。円を歩く人は地図を読んでいる。一歩一歩が座標。
ここでは、距離が香りの一部になる。日々の暮らしのなかで、匂いに方向と届く範囲があることに気づくことはまれ。パン屋が見える前にパンが匂い、雨が降る前に雨が匂う。Olfactoscape はそのよく知られた事実を、3メートルのカーテンのなかに折りたたむ。
風景画は眺め全体を一度に見せる。匂いはそうではない。ひとつずつ、順に、息とともにやって来る。だから上田の風景には時間が含まれている。それは写真ではない。散歩道に近い。始まりがあり、途中があり、引き返す場所がある。
目を閉じると、身体は違うふうに働かなければならない。歩く人は、自分がどこにいるかを鼻に頼って知る。風景はカーテンの上にはない。歩く人の内側で、匂いに出会う順に、少しずつ形をなす。
名に宿る季節と場所
上田は、長年オランダを拠点に、匂いを主な素材として活動してきた日本の作家。Olfactoscape の香りの選び方には、日本の自然の見方が表れている。特定の木や花によって季節を知る見方。
桜は春のもの。松茸は秋のもの。落ち葉の森は一年の終わり。檜は風呂と社の木。どの匂いも、季節とある種の場所を運ぶ。円に沿って並べると、それらは香りでできた暦に近いものになる。
この見方は、日本の外でもなじみ深い。多くの土地が季節を匂いで知る。冬の変わり目に花をつける木、収穫の後の藁、最初の雨が落ちたときの土。上田はそうした匂いを木や土から持ち上げ、部屋のなかに置き直すだけ。それらがずっと地図だったことが見えるように。
心に残るのは、その抑制。音も、特別な照明も、像もない。あるのはカーテンと、空っぽの空間と、匂いだけ。作品は、ふだん目に任せていることを鼻に託す。
だから、誰もが自分だけの風景を持ち帰る。針葉樹の近くで育った人は、まず檜を見つける。よく料理をする人は、生姜とシナモンを見つける。ひとつの円いカーテン、同じ地図は二つとない。