エッセイ · デザインとしてのファッション
ガイ・ボールドウィン「On Leather Pants」。
Guy Baldwin. On Leather Pants.
革は、まとう人の形をとどめる。
1989年のタイトル
International Mr. Leather は、シカゴで毎年開かれるコンテストだ。毎年、翌年のレザー・コミュニティを代表する人を選ぶ。革の服を共通のしるしとする、幅広く多様なコミュニティだ。
1989年、ガイ・ボールドウィンがそのタイトルを得た。同じ年、彼は Mr. National Leather Association でもあった。二つのタイトルを同時に保持した、ただ一人の人物だ。
ボールドウィンは舞台の上の顔以上の存在だった。1970年代初めからカウンセラーとして、教育者として働き、コミュニティのために幅広く書いた。1993年に出版された著書『Ties That Bind』は、レザー文化のなかの関係をめぐるエッセイ集だ。2012年、彼は Leather Hall of Fame に殿堂入りした。
だからボールドウィンがレザーパンツについて語るとき、それは数十年その言語のなかで生きてきた人の言葉だ。
素材としての革
象徴である前に、レザーパンツは物だ。なめした皮は厚く重く、布のようには伸びない。ぴったり穿けば、身体の線のすべてに沿う。動くとかすかな音を立てる。照明の下では、長い光の筋をとらえる。
最も多い色は黒だ。平らな面では光を吸い、折り目では光を返す。だから着る人の形は、ほかのどの素材よりもはっきり読める。遠くから見れば、レザーパンツは輪郭。近くで見れば、皺に満ちた表面。
革は着る人とともにも変わる。ここは伸び、あそこはすり減り、汗と手の脂で色が深まる。古い一着が二つと同じであることはない。革をまとうと群衆から離れる、とボールドウィンが言うとき、彼が触れているのはこのことだ。素材そのものが、制服であることを拒む。
それ自身の言語
ボールドウィンにとって、レザーパンツはファッション以上のものだ。あるコミュニティとともに立つことを宣言する。それはコードであり、帰属のしるしだ。内側の人はすぐに読み、外側の人はまったく読めないかもしれない。
彼はそれを一種の鎧と呼ぶ。エロティックな鎧、けれど身を守るという意味でも鎧。自信をもって穿けば、男らしさ、反抗、親密さ、誇りを語る。
ボールドウィンは、エイズ危機の最も苦しい年月に、レザー文化が多くのゲイ男性にとって目に見える存在になる方法になったと指摘する。コミュニティが多くを失っていたあいだ、革をまとって通りに立つことは、こう言う方法だった。私たちはまだここにいる。そこには脆さと強さが同時にあった。
一本のパンツが美術館にある理由
2017年、ニューヨーク近代美術館は「Items: Is Fashion Modern?」を開いた。20世紀と21世紀を形づくった111点の服とアクセサリーの展覧会だ。レザーパンツはそのなかにあった。ジーンズや白いTシャツのような身近なものの隣に。ボールドウィンは、それについて語るために招かれた声のひとつだった。
レザーパンツをデザインの美術館に置くことは、服が身体を覆う以上のことをすると認めることだ。服は感情を、政治を、周縁で生きなければならなかった人々の歴史を運ぶ。服のデザインは縫い目だけでなく、人がそれを使って何を語るかにある。
ボールドウィンの見方は、ごく具体的な例でそれを示す。一枚の皮が、パンツの形に裁たれ、身体にまとわれる。そしてそこから、私は誰か、という問いへのひとつの答え。