エッセイ · 嗅覚アート
シセル・トラース(Sissel Tolaas)。「FEAR」。
Sissel Tolaas. FEAR.
恐怖に形はない。けれど、匂いはある。
21人の男性
2005年から、ノルウェーのアーティストで匂いの研究者シセル・トラース(Sissel Tolaas)は、ひとつの特定の感情、恐怖をめぐる一連の作品を始めた。彼女はこのシリーズを「The FEAR of Smell, the Smell of FEAR」と名づけた。
彼女は、重い恐怖症をもつ男性たちを探した。それぞれに固有の恐怖をもち、出身地もさまざまだった。一人ひとりに小さな器具が渡され、発作が来るたびに腋の下にあてるよう求められた。誰も彼らを怖がらせる演出はしなかった。恐怖は来るときに来た。ふつうの暮らしのただなかで。
器具は汗を吸いとった。トラースは試料を集め、その分子の構成を分析し、それぞれの匂いを合成で再構成した。男性は一人ひとり、自分だけの匂いを生んだ。同じ恐怖はふたつとなかった。
こするための壁
再構成された匂いは瓶には収められなかった。トラースはそれを極小のマイクロカプセルに封じ、塗料に混ぜ、ギャラリーの壁に塗った。乾くと、壁はほかの壁と変わらなく見えた。来場者が表面をこすったり、なでたりしたときにだけ、カプセルが破れて匂いが放たれた。
2006年の終わり、その壁はマサチューセッツ州ケンブリッジの MIT リスト視覚芸術センター(MIT List Visual Arts Center)で、展覧会「Sensorium」に現れた。21人の男性の汗をまとって。2007年初めには、9人の男性の匂いによる別のバージョンが、カリフォルニアのバークレー美術館で、縦に塗られた縞の連なりとして展示された。
仕組みは単純で、ほとんど子どもの遊びのようだった。スクラッチ・アンド・スニフのカードを、壁の大きさに拡大したもの。けれど、その身ぶりは来場者を奇妙な立場に置いた。壁に鼻を押しあて、見知らぬ人の体の痕跡に触れなければならない。その人が怖がっていた、その瞬間の痕跡に。
恐怖は何の匂いがするのか
多くの来場者は、重く、酸っぱく、不快なものを予想していた。実際は違った。作品についての記述には、バターと塩のポップコーン、ベビーパウダーとムスク、甘い果物、コリアンダー、埃っぽい肉が挙がる。心地よいものもあれば、奇妙なものもある。誰かが想像していたとおりのものは、ほとんどない。
それこそが、トラースが投げかけたかった問いである。私たちは匂いを、良いものと悪いもの、香しいものと臭いものに分けることに慣れている。体臭はたいてい、隠して取り除くべきものの側に置かれる。物語を知らずに壁の前に立つと、鼻は嫌悪する理由を見つけない。嫌悪は後から来る。私たちが貼るラベルから。
トラースは作品に添えた講演で、こうした偏見についてよく語った。私たちは何を覆い隠すのか、そしてなぜか。彼女にとって消臭は衛生だけの問題ではない。他人の体が送ってくる情報を消すやり方でもある。
科学と芸術のあいだ
「FEAR」はふたつの領域の境界に立つ。その方法は化学者のものである。採取し、分析し、再構成し、正確さを確かめる。トラースは何年もかけて、それぞれの匂いを源へ十分に近づけた。けれど結果は報告書としては示されなかった。図表もなく、結論もない。あるのは一枚の壁と、それに触れよという誘いだけ。
このプロジェクトは、個人と集団についての問いも投げかける。どの匂いも、ひとつの固有の恐怖をもつひとりの人に属する。並べると、それは人間の感情の地図になる。誰もが抱え、誰にも見えず、誰もがいつかは放ったことのあるもの。