エッセイ · 嗅覚アート

シセル・トラース「Smellscapes」。

Sissel Tolaas. Smellscapes.

どの通りにも、匂いの住所がある。

シセル・トラース「Smellscapes」:ある都市の匂いの地図

鼻で読む都市

シセル・トラースはノルウェーに生まれ、ベルリンに暮らす。数学、化学、言語、視覚芸術を学んだ。この四つの分野がひとりの人のなかで出会うことはまれである。トラースのなかで、それらはひとつの主題のまわりで出会う。匂いである。

2004年、彼女はアメリカの大手香料会社 IFF の支援を受けて、SMELL RE_searchLab Berlin を設立した。その頃から、今も続くことを始めた。都市から都市へと出かけ、その匂いを集め、ラボで再構成する。彼女はこの研究の流れを SmellScape と呼ぶ。

都市のリストは今や50を超える。ベルリン、パリ、ロンドン、オスロ、ストックホルム、メキシコシティ、ケープタウン、上海、カルカッタ、アンマン、カンザスシティ、グリーンランドのヌーク。それぞれに固有の気候、固有の建材、固有の食べ方がある。だから、それぞれに固有の匂いがある。

土壌の試料のように匂いを集める

トラースの仕事ぶりは、調香師というより地質学者に近い。彼女は歩く。街角で、市場で、ガソリンスタンドで、川岸で立ち止まる。その地点の匂いをとらえ、場所と時刻を記し、ラボに持ち帰って分子を分析する。

そこから匂いは再構成される。喚起ではなく、実際にそこにあったものの、できるかぎり近い写し。車の排気ガス。ごみ。雨のあとのコンクリート。屋台。バスのなかの汗。潮風。

年月を経て、これらの写しは世界各地のおよそ7,000の実在の匂いのアーカイブになった。都市、体、海、自然、宇宙という分野に分けられている。図書館に似ている。ただ、本は鼻で読まれる。

成果はいくつかのかたちで公開される。こすると匂いを放つマイクロカプセルの香りを刷った地図のこともある。香りの塗料を塗った壁のこともある。散歩のこともある。参加者は、彼女が立ち止まったまさにその場所で止まり、嗅ぐよう求められる。

線のない地図

見慣れた地図は、見るためのものである。道路、境界、地名がある。「Smellscapes」にはそのどれもない。記録するのは形のないもの。数時間続いて散っていく匂い。雨季にだけ現れる匂い。朝と夜とで移ろう匂い。

だから、トラースの地図はどれも、ある瞬間の記録でもある。市場は今年と来年とで同じ匂いがしない。工場が閉じ、運河が埋められ、食堂が移ると、地区全体の匂いもそれとともに移る。匂いの地図はいつも、近い過去の地図である。

トラースはよく指摘する。私たちは目を優先する文化のなかに生きている、と。都市を建築や写真やスカイラインで語る。鼻は小さな感覚として扱われ、デオドラントで覆うべきものとさえされる。「Smellscapes」はその順序を逆にする。来場者が一枚の紙に身をかがめて嗅ぐ、その間だけでも。

「Smellscapes」がいまも意味をもつ理由

20年を経ても、「Smellscapes」は終わっていない。トラースはいまも都市や美術館や大学からの招きを受けている。2016年にはシンガポールで研究フェローとなり、その地区ごとの匂いを調べた。

このプロジェクトの価値は、ひとつの作品にあるのではない。匂いが、場所についてのほかのどんなデータとも同じように、集められ、保存され、比べられることを示した点にある。そして保存されると、匂いは証拠になる。この都市がかつてこうであったという証拠。あの瞬間に、あの人々とともに。