エッセイ · 近代美術

ポール・ストランド、チャールズ・シーラー。「Manhatta」。

Paul Strand, Charles Sheeler. Manhatta.

言葉なしに記録された都市。

ポール・ストランドとチャールズ・シーラー「Manhatta」:ロウアー・マンハッタンのビルと煙を見下ろす白黒のコマ


65のショット

「Manhatta」は、写真家ポール・ストランド(Paul Strand)と、画家で写真家のチャールズ・シーラー(Charles Sheeler)がつくった、台詞のない白黒の短編映画である。二人は1920年から1921年初めにかけて大部分を撮影した。初公開は1921年7月。

映画全体は65のショットからなる。主人公も物語もない。冒頭、スタテン島フェリーがマンハッタンに近づき、群衆が桟橋にあふれ出る。続いて高層ビル、建設現場、線路、埠頭、タグボート。最後は摩天楼の上から見た夕日で終わる。ショットを合わせると、ロウアー・マンハッタンの朝から夕方までの一日になる。

場面のあいだには、ウォルト・ホイットマン(Walt Whitman)から採った字幕が挟まる。題名は彼の詩「Mannahatta」から来ている。都市が建つ前の島の名を思い起こさせる、古い綴りである。ホイットマンの言葉は高揚し、広がっていく。ストランドとシーラーの映像は静かで、引き締まっている。

動かない映画カメラ

二人とも映画ではなく写真と絵画の出身で、それはすべてのコマに表れている。カメラはほとんど動かない。各ショットは写真のように構成されている。高みからの眺め、画面を横切る対角線、光と影の面に配置された建物の塊。

動きはカメラではなく、フレームの中で起こる。人々はビルの足もとを小さな流れとなって進む。煙は昇り、広がり、消える。クレーンがゆっくりと回る。上からの眺めは、人を黒い点に、通りを幾何学的な面に変える。

その数年前、ストランドは、巨大な石の壁の下で歩行者が小さく見えるニューヨークの街路を撮っていた。シーラーはのちに、工場やサイロや鉄橋を、明快で正確な線で描くことになる。「Manhatta」は、その二つの見方が出会う場所であり、静止した写真を時間の中に一枚ずつ並べたとき何になるかを試している。

アメリカ初のアヴァンギャルド映画

「Manhatta」は、アメリカ初のアヴァンギャルド映画とよく言われる。けれど公開されたのはアートシアターではなかった。最初に上映されたのはニューヨークの大きな商業映画館リアルト(Rialto)で、題名は「New York the Magnificent」。実験映画が、一般の観客のために建てられた映画館の番組に組み込まれた。パリでは「Fumée de New York」として上映された。「Manhatta」の名で知られるようになったのは、もっと後のことである。

ひとつの映画に三つの名前。それは多くを語る。映画館の観客にとっては壮麗な都市。パリの人々にとっては煙。つくり手にとっては島、固有の名をもつ場所。

一世紀以上たっても「Manhatta」が観られ続けているのは、記録としての価値のためではない。画面の中の都市は、ほぼすべて変わってしまった。残っているのは、ひとつの見方である。都市を物語の背景としてではなく、主題そのものとして見ること。建物、煙、水、人が、画面の中で同じ重さをもつ。写真家や映画作家のひとつの世代が、そこから学んだ。

この映画はまた、ある特定の時を保っている。1920年ごろのニューヨーク。鉄とガラスで伸びながら、まだ石炭と蒸気で動いている。煙を吐き出す都市。