あらゆるデザインの中で、服は最も体の近くにある。ここでは流行も季節もランウェイも脇に置く。残るのは、ものをつくる人の問い。何でできているのか。誰がつくったのか。体のために何を解決しているのか。
一着のトレンチコート。一着のジャンプスーツ。三世紀をたどる展覧会。服も香水も、肌のすぐそばにある。
はじめに読む: デザインとしてのファッション。
Burberry. The Burberry Trench: Crafting an Icon.
雨と泥に耐えるために生まれたコート。1世紀後、それは V&A のケースに収まる。襟を返し、ベルトを締めたまま。
ファッション:18世紀、夢想された遺産。
マリー・アントワネットのコルセット、戦後のオートクチュール、2021年のドラァグの写真。何度も着直される1世紀。
「Paul Poiret: Fashion is a Feast」。
コルセットのないドレス、香水のメゾン、学校、セーヌ川に浮かぶ三艘の艀。MAD パリで、ポワレはひとつの世界をまるごと築いた人として現れる。
リック・オウエンス(Rick Owens)「Temple of Love」
軍用バッグ、軍の毛布、洗いをかけた革。ガリエラ宮で、リック・オウエンスは黒と埃と、前の生をもつ物の神殿を建てた。
スティーヴン・ジョーンズ「Chapeaux d'artiste」。
170点を超える帽子、40のルック、パリのメゾンとの四十年の仕事。身体がいちばん目につく場所に置かれた小さな物。
ガブリエル・シャネル「Fashion Manifesto」
絹のセーラーブラウス、ツイードのスーツ、数字で名づけられた香水。V&A で、シャネルのマニフェストは物で書かれていた。
イリス・ヴァン・ヘルペン(Iris van Herpen)「Sculpting the Senses」。
3D プリント、レーザーカット、ガラス吹き、電磁の織り。イリス・ヴァン・ヘルペンは、水や骨や成長する仕組みのかたちを借りたドレスを作る。
「Africa Fashion」。
藍で染めたアディレ、カメルーンの写真館の肖像、手形で覆われたトレンチ。「Africa Fashion」は、多くの声で装うひとつの大陸を見せた。
「Fashioning Masculinities: The Art of Menswear」。
2022年の V&A に、およそ100のルックと100の作品。三つの部屋、undressed、overdressed、redressed。男らしさは仕立てられたものだとわかる。
エルザ・スキャパレリ「Shocking! Les mondes surréalistes d'Elsa Schiaparelli」。
2022年、MAD パリのエルザ・スキャパレッリ回顧展は、彼女の服をダリ、コクトー、マン・レイと並べた。ファッションとシュルレアリスムはひとつの問いを共有する。この物はどこにあるのか。
ティエリー・ミュグレー「Couturissime」
甲冑、昆虫の羽、金属のロボット。MAD パリで、ティエリー・ミュグレー展はオペラのように幕ごとに展開した。
「Kimono: Kyoto to Catwalk」。
19世紀の京都の打掛から、オビ=ワン・ケノービのローブまで。一枚のまっすぐな衣服が、三世紀といくつもの大陸を渡る。
マリー・クワント(Mary Quant)。
2019年から2020年の V&A のマリー・クヮント展は、若く手の届くファッションをロンドンの街に持ち込んだデザイナーを振り返る。多くのドレスには、いまも上げた裾の跡が残る。
ヴァージル・アブロー「Figures of Speech」。
傾いたガソリンスタンドの看板、スニーカーの棚、台座に鎖でつながれたバッグ。MCA シカゴで、ヴァージル・アブローは街の物をギャラリーに持ち込んだ。
「Fashioned from Nature」。
モスリンのドレスに甲虫の羽、帽子にキジの羽根、コートになったセロファン。どの衣服も、仕事場の外のどこかから始まる。
フリーダ・カーロ「Making Her Self Up」
フリーダ・カーロの私物は、彼女の死後五十年、鍵をかけてしまわれていた。2018年の V&A で、それらは初めてメキシコを出た。
「Margiela, les années Hermès」。
六年、十二のコレクション、ふたつのメゾン。MAD パリで、エルメスのオレンジとマルジェラの白がひとつの順路を分けあう。
「Balenciaga: Shaping Fashion」展
百点を超える服と帽子、X線画像、再現された型紙。V&A はドレスを見せただけではない。それを支えるものを見るために、ひらいてみせた。
「Christian Dior, couturier du rêve」
ディオール70周年のパリの展覧会は、ディオールがかつて営んだギャラリーから、アトリエを通り、六人の後継者へと進む。ひとつの名前が、何度も読み直される。
「Fashion Forward, 3 siècles de mode」展
三百着の服、三世紀、それぞれの時代の立ち姿を形づくる振付家。しまわれた服が、ふたたび語る身体を待つ。
「MIYAKE ISSEY EXHIBITION: The Work of Miyake Issey」
東京の三つの部屋に、三宅一生の服の四十五年。平らな一枚の布、プリーツ、そこへ入る身体。
「Tenue correcte exigée, quand le vêtement fait scandale」
女性のズボン、ミニスカート、フランス議会の人民服。スキャンダルのたびに、ひとつの規則があらわになる。
「Undressed: A Brief History of Underwear」(下着の小史)。
綿と鯨ひげのコルセット、ガチョウの羽毛のペチコート、トロンプ・ルイユのコルセットドレス。ほとんど誰も見ない層が、外側のすべての形を決める。
「Future Beauty: 30 Years of Japanese Fashion」展
三宅一生、川久保玲、山本耀司、そして後に続いた人々。バービカンで、日本のファッションの三十年が世代を越えた対話として読まれる。
ガイ・ボールドウィン「On Leather Pants」。
ぴったりとした黒い革のパンツ一本。ガイ・ボールドウィンにとって、それは服以上のもの。言葉であり、鎧であり、帰属のしるし。
クリスチャン・ディオール(Christian Dior)「Bar Suit」
ウエストに沿わせたタッサーシルクのジャケット、硬いペチコートの上のプリーツの入ったウールのスカート。誰かが着る前に、スーツの中に体形が縫いこまれている。
ジャンプスーツ。
首から足首まで、一枚の布。ジャンプスーツは工房と戦争と革命を通り抜けてダンスフロアへ至り、そのたびに違う意味を持った。
デザインとしてのファッション。
誰もが何かを着ている。「Fashion as Design」は問う。私たちが着るものはどう作られるのか。それは着る人について何を語るのか。
スポーツジャージ。
番号とチーム名の入ったシャツ。かつては制服、いまは自分が誰かを語る手段。ジャージがフィールドから街へ旅した道のり。