シセル・トラース「Smellscapes」。
都市は匂いで描き直せる。シセル・トラースは通りを一本ずつ歩き、匂いをひとつずつ集め、それを壁や紙や地図に返す。
Ancient Splendor: Roman Art in the Time of Trajan.
大理石の像は今、白く冷たい。トラヤヌスのローマはそうではなかった。セントルイスの展覧会が香りの箱を開き、それを思い出させる。
Dana El Masri. From Memory to A Sign.
2009年から2026年までの作品、多くの国で集めた自然の断片。ダナ・エル・マスリ(Dana El Masri)はそれらを並べ、家がまだ残る場所を探す。
エドガー・カレル(Edgar Calel)「Ch'ablin nu rayb'el Chua taj ab'ej」
ハマー美術館の最初の展示室に、エドガー・カレルは腐葉土を積み、巨石を置き、供物を残した。部屋は、雨上がりの故郷の山の匂いがする。
上田麻希(Maki Ueda)「Dog's Nose (Ars Electronica Version)」
ヴィムという名の犬、匂いのセンサー、リンツでの一時間の散歩。上田麻希は、鼻の高さから街を描き直す。
ペルセフェニー「Praying to the Gods」。
ペルセフェニーは、植物と香りと香を地面の近くに置く。それを嗅ぐには、身をかがめ、ひざまずかなければならない。敬いは、ひざから始まる。
レイチェル・クラウザー「HS Code 04022911」
ピンクの壁、板でふさがれた窓、かつての軍の医療施設。そして空気のなかに、新生児の頭皮を思わせる甘い匂い。誰にも見えないどこかから放たれている。
レフィク・アナドール「Machine Dreams: Rainforest」
本物の木は一本もない。あるのは投影、鏡、音、そして来場者それぞれの首にかけた装置から放たれる、湿った林床の匂いだけ。
アンドリュー・オブライエン「Stringer's Ridge」
地平線のない森、スイカズラに覆われて。レンズはそれをとらえきれない。アンドリュー・オブライエンは、匂いでそれを留めようとする。
AoA x IAO:「I Smell LA」。
夏のインターンシップを、ひとつの香りのノートに凝縮する。十一のノートがひとつずつ立ち、やがてロサンゼルスのアート界のための、ひとつの香りになる。
キャンディス・リン(Candice Lin)「Vomit Clock」
陶製のガーゴイルが、薬草のチンキを口から果てしなく吐き出しつづける。甘く、土っぽい、清めの儀式の匂い。
サイラス・クラーク(Cyrus Clarke)「The Anemoia Device」
古いフィルム写真を差し込む。三つのダイヤルを回す。視点、時間、気分。機械は、あなたのものではない記憶の匂いを返す。
デルシー・モレロス(Delcy Morelos)。「El espacio vientre」。
トウモロコシ畑の土でできた部屋。来場者は子宮に入るように足を踏み入れ、まず気づくのは匂い。
「Die geheime Macht der Düfte」(香りの秘めた力)。
デュッセルドルフのクンストパラストは、香りの歴史をめぐる初の大規模な展覧会を開き、所蔵作品のなかに約三十の香りのステーションを置いた。
フランシス・クルジャン「Parfum, sculpture de l'invisible」
香りを放つ磁器のバラ、飲める香水の泉、一本の瓶のためにつくられた部屋。クルクジャンは、彫刻を置くように、匂いを空間に置こうとする。
ゴールディ・ポブラドール(Goldie Poblador)「The Rise of Medusa」
ゴールディ・ポブラドールは、クラゲやサンゴを思わせる九つのガラスの形を深い水の色の部屋に吊り、来場者を海の三つの匂いへと導く。油、死んだサンゴ、そしてまだ緑の残る場所。
ヤン・ヘギュ「Lost Lands and Sunken Fields」
松ぼっくり、韓紙、金属の鈴、遠い島の波。ヤン・ヘギュは、もうどの地図にもない土地を呼び出す。
ハンナ・マリー・マーカス「Commodity Exchange」。
2024年に母と継父を亡くしたあと、ハンナ・マリー・マーカスは二人の家の中身を、シトロンの香る遺品セールに変えた。
ルーシー・チネン、ショーン・ラスペット「Chloroform Scopolamine」
薬を染ませた布、ラッパ形の花、架空のたばこ。チネンとラスペットは、どこか怪しげな香りをつくり、パフォーマーにそれを持たせて部屋を何周も巡らせた。
マレット・アンネ・サラ(Máret Ánne Sara)。「Hyundai Commission: Goavve-Geabbil」。
電力ケーブルで束ねたトナカイの皮が、タービン・ホールの高さいっぱいに立ち上がる。その先に、鼻の形をした曲がりくねった通路。来場者は、動物の息のなかへ歩み入る。
レジーナ・マモウ「Hang Our Gods」
瀝青、石膏、木灰。それぞれが二つの匂いを放つ。古代メソポタミアの匂いと、サダム・フセインのイラクの匂い。レジーナ・マモウは、それを壁の向こうに隠す。
ロー・ミラー「Soft Time」。
ロー・ミラーの初個展は、香りを家に持ち込み、時間を別の仕方で測る方法を提案する。ゆっくりと、やわらかく、決して正確ではなく。
「Storycraft: Twelve Olfactory Narratives」展
毎週土曜にひとりの調香師、六時間、ひとそろいの素材とひとつの物語。そして各香りのそばに、鼻の向かう先を示す一枚の像か、小さな物。
タヴァレス・ストラチャン「The Barber Shop」
理髪椅子、背の高い鏡、ブロンズの胸像、そして戸口まで漂う清潔なバニラの匂い。ストラチャンの理髪店は、まず鼻で記憶される。
百済。「百済金銅大香炉」。
高さ六十センチを超える金銅の山。楽士たち、奇妙な獣たち、煙のための十二の小さな穴。十五世紀を経て、いまは専用の館を持つ。
agustine zegers。「A toxin threatens, but it also beckons」。
プラスチックは恐れさせ、同時に惹きつける。agustine zegers は、ポリマーの破片、マイクロプラスチック、石油採掘の匂いを使い、私たちの体が何を吸収しているのかを問う。
Ade Darmawan. Santalum Album Family.
国営石油会社のドラム缶、オレンジ色のガスコンロ、そして焚かれる白檀の匂い。アデ・ダルマワンは、木の匂いで、ある権力者一族を名指す。
アリアンナ・ペトリッチ「The Water and the Wind: Incense Craft in Awaji, Japan」
地元の素材について尋ねられた淡路の香の職人は、こう答えた。水と風。アリアンナ・ペトリッチは、その島の香づくりを記録する。
アザ・エル・シディーク「Echoes to Omega」
水が滴り、昇り、集まり、落ちる。その循環のなかで、スーダンのムスリムの葬儀に使われる油、サンダリヤの温かな木の匂いが、地下室を満たす。
ビャーネ・メルゴー(Bjarne Melgaard)、ビョルン・クリスティアン・ヒルベリ(Bjørn Kristian Hilberg)。「Abuse Is the Beauty of the Working Class」。
展覧会を装った香水の発表会か、発表会を装った展覧会か。ビーカー、充填機、床に割れた小瓶、そして人の名を冠した四つの香り。
キャリー・パターソン(Carrie Paterson)。「Beneath the Earth, the Sky」。
鉢植えの小さな木、石、一本の香。キャリー・パターソンは天と地を逆さにして、記憶と移住について語る。
コーリーン・スミス(Cauleen Smith)「The Wanda Coleman Songbook」
壁を覆う四つの投影、一枚のレコード、ソファとラグ、そしてロサンゼルスの乾いた丘の匂い。コーリーン・スミスは、あらゆる感覚でワンダ・コールマンを読む。
チャカイア・ブッカー(Chakaia Booker)「Empty Seat」
扉を開けると、ゴムがある。ガレージと工場の匂い。そのあとで、ねじれた黒いタイヤの形が見えてくる。壁から抜け出そうとする生きもののように。
エリザベス・レンストロム。「Basenote Bitch」。
2024年のニューヨークで、エリザベス・レンストロムは十代が愛した香水を撮影し、来場者にそれを吹きかけさせ、もう一度嗅がせた。
ガラ・ポラス=キム(Gala Porras-Kim)「The motion of an alluvial record」
湿度84%、肌に重い空気。中央に、ユカタンの湿地の粘土を満たした長い槽。濡れて、香り、いまも動きつづけるアーカイブ。
「In Search of Chinese Art of Scent」展
漢代の青銅の香炉から清代の彫漆まで、香りにまつわる160組の品々。そして、今日のために香りをつくる三人の香港のアーティスト。
イリーナ・アダム(Irina Adam)「Pitch Pine Pollen: A Transforming Forest」。
イリーナ・アダムは、甲虫が松を赤く変えつつあるロングアイランドのパイン・バレンズから香りを取り出し、同じ森の写真の隣に置いた。
カローラ・ブラガ(Karola Braga)。「Sfumato」。
仮設の砂の構造物、一万一千の円錐香、そして風。「Sfumato」は砂漠に匂いを運ばせ、あとには何も残さない。
ク・ジョンア(Koo Jeong A)。「ODORAMA CITIES」。
米と霧と公衆浴場で語り直される、ひとつの国。地図はない。国境もない。
ミネッタ・ロジャース(Minetta Rogers)。「Ruminant Dance, Instructions Towards」。
M.F.K.フィッシャーが初めて生牡蠣を食べたダンスの夜から、一世紀。ミネッタ・ロジャーズは、ゼリーと紙と香りで、その夜を組み立て直す。
オリヴィア・ヴィーダーケール、アンドレアス・ヴィルヘルム「Schmerzh」
六つの広場、六つの香りの吹き出し口、九月の三週間。チューリッヒは、見届けてきた痛みを、通りすがりの人々の鼻を通して語る。
オトボン・ンカンガ「Beacon: Prominence」
陶でできた焼けた幹、その根元に乾いた植物の器。近づくと、ラベンダーがある。火は過ぎ、匂いは残る。
サラ・シーストリーム(Hanis Coos)「milk and honey」
ニューヨークのギャラリーに、シダーの樹皮、スイートグラス、トウヒの根で編んだ籠。近づくと、理解するより先に匂いがくる。
サラナ・メーラ「Death Tastes Plastic」
個人的な喪失のあと、サラナ・メーラは奉納物を機械の隣に、信仰を科学の隣に置き、病室の匂いを加えた。
「Scents and Sonics of The Ocean」。
ジョージア州沖の島の香りの分子を分光計で読み取り、音として聴く。海の記憶は、三つの言語を通り抜ける。
アレクシス・カール。「The Exquisite Inevitable」。
フォークホラー映画のセットから、アレクシス・カールはギャラリーに、家具をのみこむ森をつくった。苔と土と、腐敗の匂いとともに。
アリサ・バンクス。「History of a People」。
折りたたまれた本が開くと、六つのガラス瓶になる。それぞれに、アフリカ系アメリカ人の歴史のひとつの時代のための香りが入っている。「Roots」から「Visioning」まで。
アニカ・イ(Anicka Yi)「Walking on Two Paths at Once」。
匂いだけでできた作品。なじみがあって、見知らぬ。深海のように、地球の外のどこかのように。
チャールズ・ローゼンバーグ(Charles Rosenberg)「Envelopment」
四枚のキルトは壁に掛けられず、歩いて入る空間として立てられる。三枚は、その色から引き出した香りをまとう。四枚目は、あえて無香。
クリスティアン・マリアンチュク(Cristian Marianciuc)「Olfactory Peregrinations」
ルーマニアの紙のアーティスト、クリスティアン・マリアンチュクは、宝石のような折り鶴を折る。一羽ごとに、ある瞬間にひとつの香水について感じたことを記録して。
ジャス・ブルックス(Jas Brooks)、ペドロ・ロペス(Pedro Lopes)。「Smell & Paste」。
一巻きの紙テープ、いくつかのスクラッチ・アンド・スニフのシール、厚紙のカセット。本当につくる前に、匂いの連なりを下書きするには、それで足りる。
ライオン・ウィンターシー(Lion Wintersea)/ハンナ・マリー・マーカス(Hannah Marie Marcus)「Citromancy」
2023年、ニューヨークとロサンゼルスで、ハンナ・マリー・マーカスは柑橘の果実に香りを注入し、匂いと音と詩で運勢を読んだ。
上田麻希「That Microplastics Smell Delicious!」
青い玉は海、白い玉はプラスチック。一日に約二十滴、海の生きものにプラスチックを食べ物と思わせる匂い。
プレシャス・オコヨモン「the sun eats her children」
9世紀の礼拝堂に、ジャスミン、スイカズラ、ユリ、そして毒のある植物が育つ。中央には、横たわるアニマトロニクスの熊。
セ・ヨン・オウ「A Clearing」
刑務所の面会室で、人々は描かれた森の前で写真を撮る。セ・ヨン・オウは、その背景幕を持ち出し、匂いを与えた。
タマラ・ヘンダーソン。「Continuity the bronze wizard approves」。
高さ28 cmのブロンズ像、ユーカリ材の箱、ユーカリで染めた布、香とマッチ。部屋を匂いで満たす、小さな作品。
リンジー・フレンチ(lindsey french)、アレックス・ヤング(Alex Young)「Scent Poems for Pipeline Plants」
エドモントンからスーペリアまで、1,600 km以上のパイプラインに沿って、リンジー・フレンチとアレックス・ヤングは香油を入れた陶器の器を残した。植物の言葉で書かれて。
ボリス・ロー(Boris Raux)。「La Fabrique des Méduses」。
アーティストが来場者の髪を洗う。その水はとっておかれ、ジェルにされ、部屋でゆっくり蒸発する。人の匂いは、その人よりも長くとどまる。
ドナ・ワンカ(Donna Huanca)「CUEVA DE COPAL」
白い砂に覆われた三角形の部屋、油彩と砂による四枚の絵、水、風、そしてアーティストがつくった木の香り。
フランカー。ひとつの香りとその写し。
見慣れたボトル、それからもっと強いもの、もっと軽いもの、夏のもの。フランカーはひとつの名を引き伸ばす。Penta は問う。いくつ変奏を重ねたら、物はもはやそれ自身でなくなるのか。
ゴールディ・ポブラドール(Goldie Poblador)「Fertility Flowers」
ガラスの花びらから女性の姿が立ち上がり、夜の花の匂いが部屋を満たす。ゴールディ・ポブラドールは、フィリピンの花の伝説を書き換える。
ジアバオ・リー(Jiabao Li)。「Menstrual Garden」。
流れたばかりの経血の匂い、よどんだ血の匂い、痛みの匂い。ジアバオ・リーはその三つをギャラリーに持ち込み、3Dプリントした十のタンパク質の隣に置く。
ジョー・メレル(Joe Merrell)。「The Fragility of Complex Things」。
パンデミックの二年間、ジョー・メレルは内へ向かった。その結果が、映像、版画、クチナシを入れたガムボールマシン、そして二つの香水。
ジョナサン・ボールドック(Jonathan Baldock)。「Grave Goods」。
指と足のある九つの陶器の器に、葬送の薬草。開幕から数週間で、匂いはほとんど消えていた。それもまた、作品の一部。
カローラ・ブラガ(Karola Braga)。「Lágrimas, Terra e Crisântemo」。
第13回メルコスル・ビエンナーレで、カロラ・ブラガは涙と土と菊を染み込ませた白い布を吊るした。風が布を揺らし、喪の匂いが広がった。
「La esencia de un cuadro」(絵画の本質)。嗅覚の展覧会。
花、手袋、器に満ちた一枚の絵。プラド美術館は調香師に依頼して、その匂いのうち十を再現させ、来場者が額縁の隣で吸い込めるようにした。
ルイザ・ゴットシャルク「Glade: To Touch Painting」
美術館では、絵に触れるなと言われる。ルイーザ・ゴットシャルクは逆を言う。触れて。そうすれば、森が匂う。
上田麻希(Maki Ueda)「Aerosculpture: Sea of Fragrant Cloud」
2022年11月、嵐山で、上田麻希はドライアイスを使い、寺の香の匂いを雲として見えるようにした。チベットのゴングとともに。香りは、見るものになった。
マクスウェル・ウィリアムズ(Maxwell Williams)「Anosmiac!」
ガラスの覆いの下で、蝋の街が火を灯されるのを待つ。悪役が遠くからそれを嗅ぐ。マクスウェル・ウィリアムズは、マイク・ケリーの仕事を香りで引き継ぐ。
マクスウェル・ウィリアムズ(Maxwell Williams)「CNC Musk Factory」
目は閉じられる。耳はふさげる。息を止めることはできない。CNC Musk Factory は、それを権力と同意をめぐる問いに変える。
マーレト・アンネ・サーラ(Máret Ánne Sara)。「Gutted / Gávogálši」。
乾いたトナカイの胃が宙に吊るされる。匂いはマスクを通り抜ける。頭が追いつく前に、体が知る。
OAK@IAO。
ニューヨークでの一年分の香りの展示を梱包し、一か月のあいだロサンゼルスへ送る。若いバナナ、熟れたバナナ、吹きガラス、手洗い場。
ペーター・デ・クーペレ「Olfabet」
文字ひとつに、匂いひとつ。いくつかの匂いが集まって、ひとつの語。「Olfabet」は問う。目で読むことを覚えたように、人は鼻で読むことを覚えられるのか。
リア・ディロン「NEGR-OID」
テレビでのある発言が、ひとりの女性に匂いを割り当てた。リア・ディロンは、あえて何にも似ていない香りで応えた。
サラナ・メーラ「Dyspnea」
2022年、息を吸うことにまだ恐れがともなっていたころ、サラナ・メーラは香りの部屋をつくり、一呼吸が何を運ぶのかを問うた。
「Sensoria: The Art and Science of our Senses」展
孤立の年月のあと、グダニスクとトロントの展覧会が問う。私たちの感覚は、いまも互いに語り合っているか。一本の木が、匂いで答える。
「Turba Tol Hol-Hol Tol」
一度に八人ずつ、闇のなかへ。足元に苔、まわりじゅうに滴る水。ヴェネツィアのチリ館は、アメリカ大陸の最南端から湿原を運んできた。
アニカ・イー「In Love With The World」
タービン・ホールに、飛行する機械が漂う。そのまわりの空気は毎週変わる。太古の海、太古の植物、石炭、疫病の時代の香辛料。
ベルナルド・フレミング。「Dreaming in Smell」。
夢のなかで匂いを嗅ぐ人は少ない。ベルナルド・フレミングは嗅ぐ。彼の四つの夢が、眠りの外へ、シーツと枕の上へと運び出された。
キャンディス・リン(Candice Lin)「Swamp Fat」
エビと腐った肉の匂いを染み込ませたラードの塊。来場者はそれを肌にすり込み、匂いをギャラリーの外へ持ち出す。
シャルロッテ・エータ・ムム(Charlotte Eta Mumm)「Pulse」
除湿機、輪になった管、街の十八の匂い。「Pulse」は、水の一滴ごとに香りが移り変わる彫刻。
「Fleeting. Scents in Colour.」展
食料品店、布の漂白場、アムステルダムの運河。マウリッツハイス美術館は、17世紀の絵画が描くことしかできなかったものを、来場者に嗅がせた。
ケイティ・パターソン(Katie Paterson)。「To Burn, Forest, Fire」。
二つの香。ひとつは地球最初の森を、もうひとつは最後になるかもしれない森を運ぶ。一本が燃えるのは十五分。
上田麻希「Viral Parfum」
来場者が壁や床や物に香りを吹きつける。別の来場者は鼻と紫外線を使い、ウイルスがどこに付着したかを探す。六つの匂いは溶け合い、白いユリになる。
Olfactory Art Keller。
ニューヨーク、チャイナタウンの一室。作品は見えず、嗅ぐことしかできない。開いたのは、二十年にわたって鼻を研究してきた科学者。
オズワルド・マシア「New Cartographies of Smell Migration | Santa Fe」
匂いにパスポートは要らない。風と、虫と、交易船とともに旅をする。マシアは、その旅のための地図を描く。
パメラ・ローゼンクランツ「Infection (Calvin Klein Obsession for Men)」
木炭、人の排泄物、動物の骨を円錐に積み上げ、有名な男性用香水に浸す。頂は緑に光る。
ガブリエル・リロンデル・ヒル(Gabrielle L'Hirondelle Hill)「Projects: Gabrielle L'Hirondelle Hill」
ペリクとバージニアのたばこで縫った旗、刻んだ葉を詰めたウサギ、生のたばこをすり込んだ壁。MoMAで、たばこは再び植物になる。
ショーン・ラスペット、Various Small Fires にて。
パチュリの遺伝子を与えられた苔が、林床の匂いを静かにギャラリーへ吐き出す。ショーン・ラスペットは、自然を展示するとはどういうことかを問う。
シセル・トラース「RE_________」
タイトルは二文字と空白。残りは、来場者の鼻が書く。
カーラ・ベングトソン(Carla Bengtson)。「Every Word Was Once an Animal」。
トカゲは、うなずきと匂いで語る。カーラ・ベングトソンは、人がそれに耳を傾けようと試みられるよう、展覧会をつくった。
エリック・フォン「Thanatos: Scent of Death Perfume」。
鼻を草地から森へと導く香水。森には、ひとつの遺体が横たわる。エリック・フォンは法科学を使って問う。死はどんな匂いがするのか。
シセル・トラース「Invisible Pompeii」
ポンペイで、シセル・トラースは土をラボへ持ち帰らなかった。鼻と機器を発掘現場へ持ち込み、新たに開かれた地層をひとつずつ記録した。
アデ・ダルマワン。「Tuban」。
食卓の上のホットプレート、静かに沸く蒸留器、スハルトの伝記に滴る香辛料の油。部屋は甘く、そして鋭く匂う。
アレハンドロ・ロス(Alejandro Ros)、パブロ・シャントン(Pablo Schanton)。「Cerca」。
闇のなかで眠る裸の四人、その肌に香り。それを嗅ぐには、来場者は見知らぬ人に決して近づかない距離まで近づかなければならない。
アレクサンドラ・デイジー・ギンズバーグ。「Resurrecting the Sublime」。
牧畜とダムと植民地のぶどう園によって消えた三つの花。一世紀以上のち、人々は石のあいだに立ち、それをもう一度嗅ぐ。不完全に。
アニカ・イー「Biography」
アニカ・イーは香水瓶の形を借り、歴史が忘れがちな三人の女性の伝記を書く。香りのひとつひとつが、ひとつの生を語り直す。
ブライアン・ゲルツェンロイヒター(Brian Goeltzenleuchter)。「Scents of Exile」。
消毒液のディスペンサー、印刷された物語。来場者は手を清め、誰かの家の匂いをまとって立ち去る。
ヨンシー(Jónsi)。「Í blóma」「Hvítblinda」「Svartalda」。
ロサンゼルスのタニヤ・ボナクダー・ギャラリーで、ヨンシーは三つのサウンド作品をつくった。それぞれに固有の匂いがある。カダベリン、雨の前のオゾン、海藻。
ローレン・ジェッティ「Notes」。
氷の三枚のレコード。回り、溶けるにつれて声は薄れ、割れる氷は心臓の鼓動になり、水から嵐の匂いが立ちのぼる。
上田麻希(Maki Ueda)「Olfactory Labyrinth ver. 5: Invisible Footprints」
七色のスリッパ、七つの香り、何もない床。一歩ごとに、鼻だけが読める痕跡が残る。
「Nez à nez(鼻と鼻)」。現代の調香師たち。
テーブルから立ち上がる香りの扇、風船に結ばれたガラスの器、ステンドグラスの窓。ローザンヌで、形のないもののために物がデザインされた。
黄熟香(蘭奢待)。
長さ一・五メートルを超える沈香の塊。東大寺の宝庫に収められている。新たな権力者が現れるたびに、また一刀。
バールティ・ラルワニ(Bharti Lalwani)。「Bagh-e Hind: Scent Translations of Mughal and Rajput Garden Paintings」。
ムガルとラージプートの庭園は、南アジアから遠く離れた西洋の美術館にある。バールティ・ラルワニは、それを鼻を通して連れ戻す。バラ、スイセン、煙、アイリス、ケウラ。
エルネスト・ネト「GaiaMotherTree」。
チューリッヒ駅のホールの天井まで届く綿の木。根元のまわりに座席。枝からは香辛料が下がる。旅人は立ち止まり、座り、嗅ぐ。
ヘルガ・グリフィス「Essence of Coal」。
石炭をエッセンスに、香水に、そしてダイヤモンドへと蒸留する。ヘルガ・グリフィスは、ひとつの古い産業が終わった年に、炭素のかたちの変遷を追う。
ヘルガ・グリフィス「L'Air du Charbon」。
デュシャンがパリの空気をガラスのアンプルに封じてから九十九年。ヘルガ・グリフィスは、ドイツ最後の炭鉱の空気で同じことをした。
ジェイ・マーリン(Jay Muhlin)。「Kid」。
少女、猫、庭、雪。版画は、花と森の匂いのする部屋に掛けられる。その匂いは中立ではない。絵もまた。
Josely Carvalho. Diary of Smells: Glass Ceiling (Teto de Vidro).
2018年、MAC USPで、ジョセリー・カルヴァーリョは割れたガラスでつくった器を見せた。その口からは催涙ガス、燃える森、夜に開く花。
上田麻希(Maki Ueda)「Olfactory Labyrinth Ver. 4」
ジャパン・ハウス サンパウロで、上田麻希は81本の香りの瓶を格子状に吊るした。歩く人は鼻を使い、誰にも見えない桜の木を探す。
上田麻希「Tangible Scents: Composition of Rose in the Air」
五台のシャボン玉の機械、バラの五つの分子。泡がはじけると、バラはばらばらに落ちてくる。
マルグリット・ユモー(Marguerite Humeau)。「Birth Canal (Venus body odour), The scent of the birth of humankind」。
十二体のヴィーナス像、サウンド作品、そして誕生の合成の匂い。ユモーは、誰も覚えていない始まりを来場者に嗅がせる。
オトボン・ンカンガ「Anamnesis」
白い壁を横切る亀裂に、コーヒー、茶、たばこ、カカオ、泥炭、香辛料が詰められている。壁は、歴史が忘れたがるものを覚えている。
ピエール・ユイグ「UUmwelt」
脳波から再構成された像、ハエのコロニー、そして同じデータから引き出された匂い。サーペンタイン・ギャラリーで、部屋はそれ自身の世界を持った。
ショーン・ラスペット「New Olfactory Molecules」
2018年以前には存在しなかった花の分子。その背後に花はない。作品は分子そのもの。
タニア・ブルゲラ「10,148,451」
タービン・ホールで、来場者はひとつの顔が現れるよう、ともに床に横たわった。そばの小さな部屋は、物語を語ることなく人を泣かせた。
アニカ・イ(Anicka Yi)「Life Is Cheap」。
入口は囲い場。金属の缶が、人の汗とアリの分泌物からつくった匂いを放つ。来場者は、何かを目にする前にそこを通り抜ける。
Cercle d'Art des Travailleurs de Plantation Congolaise(コンゴ農園労働者芸術同盟)
ルサンガの農園労働者が粘土で像をつくり、その像がチョコレートで鋳造される。ギャラリーのカカオの匂いは、サプライチェーンの匂い。
エレイン・キャメロン=ウィアー。「Who you are what looks out from behind you are is the thing that names what transforms…now, look what calms the captive by letting him sniff the perfume, like smell what smells like your masters crotch」。
実験用ヒーターで温められた樹脂の塊、そのそばに革のマスク。部屋には誰もいない。だが匂いは、誰かがいるかのよう。
フリードリヒ・クナト「Frutti di Mare」
ひとりのアーティストとその作品をめぐる恋愛小説のような展覧会。絵画、映画、散らばった靴下、そして誰もが通り抜ける、ごく淡い花の匂い。
マーティン・ロス(Martin Roth)。「I cultivated a piece of land in Midtown Manhattan nurtured by tweets」。
ミッドタウンの地下に二百株のラベンダー。ホワイトハウス周辺のアカウントが大量にリツイートされるたび、育成ライトが明るくなる。
マイク・ブシェ(Mike Bouchet)「Tender」
空っぽのギャラリー。絵も彫像もない。あるのは、使い古されたドル紙幣の匂いだけ。調香師が100以上の成分から再構成した。
ミリツァ・ゼツ(Milica Zec)、ウィンズロー・ポーター(Winslow Porter)。「Tree VR」。
腕は枝になり、体は幹になる。目がどこにいるかを知る前に、土の匂いが届く。
パメラ・ローゼンクランツ「She Has No Mouth」
床には猫砂のようなピンクの砂、重いムスクを放つ。口のない登場人物と、言葉を必要としない欲望。
「Perfume: A Sensory Journey Through Contemporary Scent」展
十人の調香師、十の香り、十の部屋。モロッコの砂漠、告解室、ウォーターパーク。どの匂いにも、住む場所が与えられた。
ペーター・デ・クーペレ「Salt Flowers」
塩のように白く輝く五つの花、それぞれに固有の匂い。近くで見ると、どれも塩ではなく、花の匂いも花から来てはいない。
ペーター・デ・クーペレ「Smoke Flowers」
来場者が花を嗅ごうと身をかがめる。花は、街の匂いのする煙のひと吹きで応える。
ポープ・L「Claim (Whitney Version)」
何千枚ものボローニャ・ソーセージの薄切り、その一枚一枚に見知らぬ人の写真、格子状にピンで留められている。会期のあいだに肉は乾き、反り返り、匂いは変わった。
処方変更。それはまだ同じ匂いか。
同じ名、同じボトル、けれど中身は違う。処方の変更は香水ではありふれたことだ。Penta は問う。板を一枚ずつ取り替えた船は、まだもとの船なのか。
AIX Scent Fair。
美術館のなかの無料の香りの市。来場者は自分で嗅ぎ、尋ね、混ぜることができた。AIX Scent Fair は、独立系の調香師をアーティストと並べた。
アレックス・ダ・コルテ(Alex Da Corte)。「A Season in He'll」。
バラ窓のステンドグラス、チェーンのカーテン、特大の魔女の帽子、そして空気までもが演出された部屋。
ディネオ・セシー・ボパペ(Dineo Seshee Bopape)。「sa ____ ke lerole, (sa lerole ke ___)」。
踏み固められた土、半ば燃えたセージ、地面に散る花びら。土地の匂いと、置き去りにされた儀式の匂いのする部屋。
エレイン・キャメロン=ウィアー。「Sentry Tactical Like Prey with Evolutionary Eyes of a Predator on the Wing 2」。
鋼と石の彫刻。振り返るオートバイのミラー、乳香を温める小さな炎。作品は動かない。匂いは動く。
エロディ・ポン。「Paradise Paradoxe」。
画面上でたまたま隣り合った二つの香水の名が、展覧会のタイトルになった。エロディ・ポンは、匂いと言葉のあいだの隙間を見つめる。
カイ・アルトホフ(Kai Althoff)。「and then leave me to the common swifts(und dann überlasst mich den Mauerseglern)」。
カイ・アルトホフは、MoMAの一連の展示室を白いテントの下のひと続きの空間に変えた。自身の音楽と、全体に漂う甘い匂いとともに。
ク・ジョンア(Koo Jeong A)。「Odorama (Charing Cross)」。
彫刻も、絵画も、スクリーンもない。ク・ジョンアは光と沈香の匂いを使い、廃ホームを別のどこかに変えた。
ラリー・バンバーグ(Larry Bamburg)。「TalctoTile」。
生のタルク、浴室のタイル、手づくりの獣脂石鹸を積み上げた塔。ギャラリーは浴室の匂いがした。
リアン・ウェインスマ、フロウケ・タン「Smell of Data」。
ガスには匂いがない。だから警告のために匂いが加えられた。「Smell of Data」は、あなたのデータに同じことをする。
マッシモ・バルトリーニ(Massimo Bartolini)。「Toscano」。
小さな機械が本物の葉巻を吸う。喫煙者はいない。ギャラリーに広がる、たばこの匂いだけ。
オスワルド・マシア「Under the Horizon」。
見るものは、浴槽と、止まらず流れつづける黒い水だけ。作品の残りは、訪れる人の鼻と耳のなかにある。
ペーター・デ・クーペレ「Is This Mankind?」
三つの嗅覚の空間、髪の森、そして選ぶことなく髪を失った人々の証言。写真が留められないものを、匂いが留める。
アマリア・ウルマン。「Stock Images of War」。
黒いカーテンの向こうに、細い針金の戦車、車椅子、自転車。芳香剤がタイマーでアップルシナモンを吹き出す。戦争は居間の匂いがする。
アニカ・イー「6,070,430K of Digital Spit」
MITのギャラリーがミントの匂いに満ちる。アニカ・イーは、朽ちていく素材を使い、味覚がどう記憶するのかを問う。
アニカ・イー「7,070,430K of Digital Spit」
五年間の仕事を締めくくる展示。忘却と名づけられた香り。香の紙に刷られ、読んだあとに燃やされるための本。
アニカ・イ「You Can Call Me F」。
百人の女性が、自分の身体からサンプルを送った。その細菌は入口の看板の上で育ち、その匂いが部屋を満たした。
「Belle Haleine, The Scent of Art」。
風船に封じた息、足元のタルク、映像の部屋に漂うユーカリの蒸気。バーゼルの美術館は問うた。もし鼻が先導したら。
フライング・オブジェクト「Tate Sensorium」
フランシス・ベーコンには草と土、リチャード・ハミルトンにはヘアスプレー、デヴィッド・ボンバーグの造船所には絵具。四枚の絵を、それぞれ鼻で読む。
ヤン・ヘギュ「Sol LeWitt Upside Down: K123456, Expanded 1078 Times, Doubled and Mirrored」
ソル・ルウィットの立方体を拡大し、二重にし、鏡映し、ベネチアンブラインドで逆さに吊るす。そのなかを歩くと、香りがある。
ヘマン・チョン(Heman Chong)。「Smoke Gets In (Your Eyes)」。
二つの灰皿、テーブル、美術館のなかの喫煙コーナー。どの機械もつくっていない匂いが、会期中、日ごとに積もっていく。
ヒシャム・ベラダ(Hicham Berrada)。「Mesk-ellil」。
七つの展示ケース、夜にだけ匂う花、昼と夜を入れ替える照明。来場者は正午に入り、真夜中を嗅ぐ。
ケイト・マクリーン(Kate McLean)。「Odours of the Morning and the Evening: Singapore」。
ケイト・マクリーンは、歩く人々が気づいたすべての匂いを手描きした。朝の層と夕方の層を重ね合わせる。二つが食い違うところに、時間が現れる。
上田麻希(Maki Ueda)「Olfactory Labyrinth Ver. 2」
四つの木と樹脂、ひとつの迷路、ひとつの決まり。入口で匂いを選び、それをたどって出口へ。
マリヤント(Maryanto)。「Brimming in Wonocolo」。
壁に描かれた油井やぐらの野の前で、ドラム缶が原油をリズミカルに噴き出す。匂いが先に来て、歴史があとに続く。
パメラ・ローゼンクランツ「Our Product」
スイス館を満たす肌色の液体。流れ、匂い、輝き、音を立てる。生きているように見える。
ペーター・デ・クーペレ「The Smell of a Stranger」
九つのキューバの植物、それぞれが自分のものではない匂いをまとう。汗、血、金、火薬。匂いが組み立てられるようになったとき何が起きるのかを問う作品。
アレッサンドロ・ピアンジャモーレ(Alessandro Piangiamore)。「Primavera Piangiamore」。
見知らぬ人々が自分の匂いを差し出す。アーティストはそれをガラスにきつく封じ、もう誰も嗅げなくする。その隣に、ローマの教会の奉納の蝋。
ベニタ・パーシヤル。「The Fires of Faith」。
香、シナモン、クローブ、樹脂で鋳造された彫像。時とともにひび割れ、匂いは薄れ、アーティストがそれを繕う。
クララ・ウルシッティ「Invader」
見るべき物も、専用の一角もない。決まった時刻になると、ウルシッティの香りが共有の部屋にあふれ、すべての作品のまわりの空気を占める。
エルネスト・ネト「the body that carries me」。
ネトはグッゲンハイム・ビルバオのなかに九つのやわらかな空間をつくった。来場者は入り、横たわり、ターメリック、クミン、クローブを嗅いだ。
マルティンカ・ヴァヴジニャク(Martynka Wawrzyniak)。「Eau de M」。
マルティンカ・ヴァヴジニャクは、ファッション誌に偽の香水広告を紛れ込ませた。ムエットには彼女の汗の匂い。そして人々は、それを求めて店を訪ねた。
パメラ・ローゼンクランツ「Attraction (Red and Blue)」
赤い光、青い光、そして来場者がほとんど気づかないフェロモンの匂い。ローゼンクランツは、私たちの欲望がほんとうに自分のものなのかを問う。
ペーター・デ・クーペレ「Invisible (Scent) Paintings」
壁に一枚の絵、謎めいたタイトル。表面をこすり、指を鼻に近づけたとき、ようやく見る者はそれが何を語っているかを知る。
ピエール・ユイグ「Hole for Rat」
ユイグは床に穴を掘り、ネズミが出入りできるようにして、表面にネズミのフェロモンを塗った。匂いは招待状。ただし、人に宛てたものではない。
Polymorf の「Famous Deaths」。
来場者は、闇のなか、遺体安置所の冷凍庫に横たわる。約四分の音と匂いが、ある有名な生涯の最後の数秒を語り直す。
ショーン・ラスペット(Sean Raspet)。「Residuals」。
スチールの容器が、ギャラリーの空気を7日間集めた。その背景の匂いを何千倍にも濃縮し、壁に塗った。引っかかれるのを待って。
「Sensorium 360°」
緑のレーザーが格子のない檻をつくる。胸に押し当てる四メートルの棒。香りでできた鍵盤。「Sensorium 360°」は、私たちがどの感覚で世界を知るのかを問う。
トーマス・ヒルシュホルン「Flamme éternelle」
2014年の春、トーマス・ヒルシュホルンはパレ・ド・トーキョーのなかにタイヤを積んでバリケードを築き、炎のまわりに図書室、バー、フォーラムを置いた。ゴムの匂いが、誰をも出迎えた。
ブライアン・ゲルツェンロイヒター「Smelling the City」。
一枚のムエット(試香紙)、二つの詩、二つの匂い。古い家のオーク材と、コンテナの鋼鉄。折り重ねると、家とは何かという問いになる。
カールステン・ヘラー(Carsten Höller)、ベン・ゴーラム(Ben Gorham)「Insensatus Vol. 1 Fig. 1」
香りの入った三本の管、ひとつの台、クルミ材の箱。眠る前にひと塗りすれば、作品は量に応じて夢を変えると約束する。
ケイト・マクリーン(Kate McLean)。「Smellmap: Amsterdam」。
人はアムステルダムに大麻の匂いを期待する。スメルウォークの参加者が見つけたのは、代わりにワッフル、ニシン、古本、洗いたての洗濯物だった。
ルーシー・ドッド「Cake 4 Catfish」
床に広げた巨大なキャンバスに、イラクサ、酸化鉄、地衣類、発酵茶を塗りつける。壁に掛けられても、それはまだ未完成の匂いがする。
ペーター・デ・クーペレ「Smoke Cloud」
ギャラリーに白い雲が浮かぶ。はしごを上り、頭を雲のなかに入れると、車の排気と汚れた空気の匂いに出会う。
シセル・トラース、クリスティーナ・アガパキス「Selfmade」
肌をなぞった綿棒、一回分の牛乳、何週間もの待機。トラースとアガパキスは、試料を提供した人々と同じ匂いのするチーズをつくった。
ヴォルフガング・ライプ「Wax Room」
小さな部屋、蜜蝋の壁、裸電球ひとつ。色を見る前に、匂いがする。ライプにとって初めての、美術館に常設された蝋の部屋。
クリストフ・ロダミエル(Christophe Laudamiel)「Phantosmia」
六つのビニールのテント、部屋に放たれたひとつの香り、紙に刷られた七つの処方。匂いのために、作品である権利を求める調香師。
マルティンカ・ヴァヴジニャク(Martynka Wawrzyniak)。「Smell Me」。
写真も、絵も、顔もない。「Smell Me」は、汗と涙と髪から再構成されたひとりの女性の肖像。来場者はそのなかに入り、嗅ぐ。
「The Art of Scent」。
ほとんど空っぽのギャラリー。三方の壁に、頭の大きさのくぼみが並ぶ。身を寄せると、香水が放たれる。見るものは何もない。
ヴォルフガング・ゲオルグスドルフ「Osmodrama / Smeller 2.0」
「Smeller 2.0」は、ひとつひとつの匂いを歩く速さの気流に乗せて部屋へ送り、次のために運び去る。匂いは場面になり、場面は物語になる。
アニカ・イ(Anicka Yi)「Sous-Vide」。
2011年、47 Canal で、どんな像よりも先に揚げた花の匂いが届いた。やがてそれは薄れ、油がその場所を占めた。展示には順序があり、その順序は匂いだった。
上田麻希。Olfactoscape Ver. 1。
直径3メートルの、カーテンで囲まれた円を、目を閉じて歩く。檜、桜、落ち葉が、それぞれ別の場所で待っている。風景は歩く人の中で形になる。
エルネスト・ネト「anthropodino」。
巨大なライクラの天蓋、手の届くところに香辛料の袋、匂いが満たすには広すぎるホール。「anthropodino」は、鼻と物のあいだの距離をめぐる作品。
ヤン・ヘギュ「Sallim」
鉄骨の枠で組んだ台所。壁はなく、鍋は煮立っていない。あるのは光と扇風機と、機械から出る食べ物の匂いだけ。「Sallim」は、家を守る営みの匂い。
香りの批評。見えないものについて書く。
映画には映像があり、音楽には録音があり、絵画には写真がある。香りは言葉のほかに何も残さない。Penta は香りの批評を、目の仕事をする言葉として読む。
フェラン・アドリア(Ferran Adrià)「elBulli」、documenta 12 のパビリオンG
展覧会はカッセルで開かれた。そのパビリオンGは、千キロ以上離れたカタルーニャの海岸にあった。作品を見るには、夕食の席に着かなければならなかった。
ペーター・デ・クーペレ「Air Polluter」
操作盤、二つの匂いの場、空の容器。来場者は清潔な匂いか汚れた匂いかを選ぶ。だが最後の空気は、部屋にいる全員でつくられる。
著作権。香りは誰かのものになりうるか。
ほとんど同じ匂いのする、ひとつの香水とその模倣品。オランダ最高裁判所は答えなければならなかった。香りは著作物になりうるか。Penta はその答えを読む。
ヤン・ヘギュ「Series of Vulnerable Arrangements, Version Utrecht」
壁には見るべきものが何も掛かっていない。熱があり、風があり、通り過ぎる匂いがある。作品は部屋の空気そのもの。
マチルド・ローラン。メゾンの鼻。
宝飾の家では、物はカラットとカットで測られる。そこで働く調香師は、手に取ることも量ることもできないものをつくらなければならない。
シセル・トラース(Sissel Tolaas)。「FEAR」。
21人の男性、21の恐怖、21の匂いがひとつの壁に。来場者は塗料をこすり、見知らぬ人の恐怖を嗅ぐ。
ジャン=クロード・エレナ。少なく、そして多く。
グラースに生まれ、他人の処方から取り去ることを学び、やがて自分の仕事の日記をつけた調香師。
ピーター・デ・クーペレ(Peter De Cupere)。「Olfactory Tree」。
合成素材で型取りされた偽の幹。目はそれが本物でないと知っている。鼻は松、杉、きのこ、草、そして森全体を嗅ぐ。
ポープ・L「The Beginning of the World (with Inter-continental Missiles and Chipmunks)」
2004年、Artists Space で、ポープ・Lは色を塗った壁一面にピーナッツバターを広げ、そのまま古びさせた。子どもの頃の食べ物が、嗅ぐための固い表面になった。
「Hammer Projects: Roger Hiorns」展
排水溝の格子から立ちのぼる炎。陶の鉢からあふれる泡。香りをつけた鋼。ハイオーンズは、アーティストの仕事を素材そのものにさせる。
ベルトラン・デュショフール。場所の匂い。
古い都市、オレンジの木の下の一夜、一枚の黒い絵。デュショフールはこれらの場所を描かない。その匂いを残していく。
セルジオ・ヴェガ「Tropicalounge」。
2005年のヴェネツィア・ビエンナーレに、ホテルのロビーのようにやわらかな熱帯のラウンジ。乾いた花の香りがする。セルジオ・ヴェガは、その楽園が誰のためにつくられたのかを問う。
シルヴィ・フルーリー「Aura Soma」。
店の棚のように照らされた、色とりどりの瓶の壁。シルヴィ・フルーリーは、流行のスピリチュアルをミニマル・アートの言語のなかに置く。
マンディ・アフテル。不思議な匂いの博物館。
バークレーの煉瓦の小道の突き当たりにある小さな家。木の引き出し、古い本、樹脂で満ちている。人々は、香水になる前の素材を嗅ぎに来る。
リヴァーニ・ノイエンシュヴァンダー「Eatable Alphabet」
一文字に一枚、二十六枚の縞のパネル。アサフラン、黒胡椒、カレー、ゴマで色づけされている。香辛料で書かれたアルファベット。
アーニャ・ガラッチオ「Falling from grace」
何千個ものりんごが宙に吊るされる。最初の週は秋のシードルの匂い。やがて発酵し、そして腐る。アーニャ・ガラッチョは、匂いに時間を数えさせる。
フレデリック・マル(Frédéric Malle)。調香師の出版人。
本の世界にちなんで名づけられた香水の家。どのボトルにも、表紙の著者名のように、その香りを書いた人の名がある。
ゲイル・ナルズ(Gayil Nalls)「World Sensorium」
各国の香りの植物から、人口に応じた量でつくる香り。誰もが数に入る。決してそれを嗅ぐことのない人さえも。
ヴィム・デルボア「Cloaca」
ガラスとポンプとバクテリアの機械に、人と同じように食事を与える。一日に一度、それは排泄し、部屋は鼻でそれを知る。
クララ・ウルシッティ「Pheromone Link TM」
写真も、プロフィールも、メッセージもない。あるのは着古したTシャツと番号だけ。ウルシッティは、匂いで動く結婚相談所を開いた。
クララ・ウルシッティ「The Smell of Fear」
スピーカーの形をした香りのディスペンサー、ピンクの光、そして自分の体を隠そうとするスターの匂い。ウルシッティは、観客が一度も嗅がなかったものを組み立て直した。
キャプティブ分子。香りを所有する。
誰かが嗅ぐ前から所有者をもつ香りがある。特許が切れるまで、一社の研究室で待っている。
リジア・パペ「Luar do Sertão」
床一面に撒かれたポップコーンが、紫外線の下で、月の下の大地のように光る。映画館のスナックから組み立て直されたカントリーソング。
アーニャ・ガラッチオ「Stroke」
ダークチョコレートを、できるかぎり小さな身ぶりで塗った壁。やがて来場者が名前を刻み、味わい、表面は変わりはじめる。
CK One。ふたりのための一本。
1994年、誰のためでもある香りがつくられた。CK One は、まとう人が男か女かを問わなかった。あったのは茶と柑橘の皮と、清潔なムスクのかすかな気配だけ。
クララ・ウルシッティ「Self-Portrait in Scent, Sketch no. 1」。
画像も、文章も、顔もない。閉じた部屋と、ひとつの香りだけ。クララ・ウルシッティはそれを自画像と呼んだ。
オリヴィア・ジャコベッティ。一本の木とその木陰。
Premier Figuier はいちじくの実についての香りではない。木のすべてを組み立てる。葉、樹液、枝、その下の木陰。ジャコベッティは余白を残す香りをつくる。
ジャニーン・アントニ(Janine Antoni)。「Lick and Lather」。
十四体の胸像、七体はチョコレート、七体は石鹸。アーティストは自分の顔を、舌と風呂の湯で彫り直した。
クララ・ウルシッティ「Eau Claire」
香水はふつう、人の匂いを覆うためにつくられる。「Eau Claire」は逆をする。まさにその匂いを瓶に詰める。
香りの輪。地図を読み直す。
いくつもの系統に分けられた円。どの系統も隣へ滑りこんでいく。売る人と買う人が話す助けになる。香りそのものではない。
イ・ブル「Majestic Splendor」。
スパンコールは輝きつづける。その下の魚は、そうはいかない。イ・ブルの作品は、匂いのためにMoMAから撤去され、化学反応のためにヘイワードから撤去された。
セレブリティの香水。ボトルの上の顔。
箱の上の見慣れた顔、キャップの上の名。セレブリティの香水は、像を嗅ぐよう私たちを誘う。Penta はこの現象を物の側から読む。
ジャン・ケルレオ。失われた匂いの番人。
人がつくるもののなかで最ももろいもののためのアーカイブ。ヴェルサイユでは、1880年代の香りをいまも開けて嗅ぐことができる。
ヤナ・スターバック(Jana Sterbak)。「Vanitas: Flesh Dress for an Albino Anorectic」。
生の牛肉で縫い、塩をしたドレスが、マネキンに掛けられる。展示の日ごとに、少しずつ黒ずみ、縮んでいく。
リチャード・ウィルソン「20:50」
二百ガロンの使用済みエンジンオイル、細い通路、部屋全体を映す黒い平面。目は鏡を見る。鼻は油を嗅ぐ。
ジョン・ウォーターズ(John Waters)。「Polyester」の Odorama。
一枚のスクラッチカード、十の番号、十の匂い。ガソリンの隣にバラ、汚れた靴の隣にピザ。Odorama は、映画が嘲る暮らしそのものを観客に嗅がせた。
シルド・メイレレス「Volátil」
タルクで満たされた部屋、ガスの匂いと一本のろうそく。何も爆発しない。けれど来場者の鼻は、何よりも先に怯える。
ヤン・ソウデック(Jan Saudek)。「My Country in Summertime」。
ゼラチン・シルバー・プリントに匂いはない。そのタイトルには二つある。陽に焼けた熱い鋼と、干し草。サウデクは、像にできないことを言葉にさせる。
Achilles Droungas. A Sense of Smell.
そのスクリーンプリントは、最初「Three Purple Roses」と呼ばれた。ドゥルンガスはそれを「A Sense of Smell」と改めた。線ひとつ変えずに、絵は意味を変えた。
Iso E Super。ほとんど嗅ぎとれない匂い。
なめらかで、乾いて、ほとんど透明な木。まとう人はたいてい何も感じない。通りすがりの人が感じる。痕跡は距離をおいて現れる。
カシミア。触れることをめぐる匂い。
柔らかなウールのスカーフは、ほとんど何の匂いもしない。けれどひとつの香りがその名を背負っている。人は何かを嗅いで、触れることを思う。
ダマセノン。バラの百万分の一。
ブルガリアンローズの精油のなかの、ほとんど目に見えない分子。やがてそれは紅茶に、熟成した蒸留酒に、煮たりんごに、ふたたび見つかった。
ディーター・ロート(Dieter Roth)。「Staple Cheese (A Race)」。
三十七個のスーツケース、それぞれに異なるチーズ。春のひと月。床には液体、空中にはハエ。それでもギャラリーは開いていた。
エド・ルシェ(Ed Ruscha)「Chocolate Room」
四面の壁、360枚の紙、チョコレートでつくったインク。部屋は甘く匂い、やがて天候とともにやわらいだ。
エドゥアルド・パオロッツィ(Eduardo Paolozzi)「Astute sizing up perfume trends」
マーケティング報告書の見出しのようなタイトルの、1970年のフォトリトグラフ。パオロッツィは、香水をメディアの機構の一部として見る。
ヤニス・クネリス(Jannis Kounellis)。「Untitled (12 Horses)」。
ローマの古いガレージ、停めた車のように壁沿いに並ぶ十二頭の生きた馬。来場者は、どんな芸術を目にするより先に、厩舎の匂いを嗅いだ。
ダニエル・スペーリ(Daniel Spoerri)「Restaurant Spoerri」
汚れた皿、飲みかけのワイン、いっぱいの灰皿。ダニエル・スペーリはそれらを天板に接着し、壁に掛け、絵と呼んだ。
アーヴィング・ペン「3 Chanel Products, New York」。
シャネルの三つの製品、ひとつの背景、一枚の白黒ネガ。二十四年後、ペンはその広告を芸術作品として刷り直した。
ジム・ナット(Jim Nutt)。「Now! Hairy Who Makes You Smell Good」。
石鹸の箱の声で語る展覧会ポスター。「Now! Hairy Who Makes You Smell Good」。誰も信じない。それが冗談。
リジア・クラーク「Máscaras sensoriais」
布の頭巾が六つ。目は、鏡、アルミニウム、包帯を通して見る。鼻は、カモミール、ローズマリー、ミントを嗅ぐ。
Calone。海にない海。
スイカ、貝殻、潮風。Calone は海の匂いがするが、海から来たことはない。私たちは、その場所に属さない分子のなかにひとつの場所を見分ける。
エドワード・キーンホルツ(Edward Kienholz)「The Beanery」
キーンホルツは、行きつけのバーを、音楽と匂いのある、入ることのできる部屋として再現した。美術館は作品を保管し、その不快な匂いも保たなければならない。
ホワイトムスク。鹿はいない。
山の鹿から生まれた名。いまは研究室で生まれる香り。そのあいだに、ムスクという語だけが残る。
キャロリー・シュニーマン(Carolee Schneemann)。「Meat Joy」。
1964年、キャロリー・シュニーマンはパフォーマーに生魚や鶏や濡れた絵具とともに転げまわらせた。肉体は素材になった。匂いは作品の一部になった。
ペトリコール。名を持つ前の濡れた土。
最初の雨が降るときの土の匂いは誰もが知っている。けれど1964年まで名はなく、地面は乾季のあいだずっとそれを準備していた。
アリソン・ノウルズ。「Proposition #2: Make a Salad」。
三語のスコア。器に借りたピクルスの樽。アリソン・ノウルズは観客のためにサラダをつくり、台所仕事は芸術になった。
Hedione。透きとおったジャスミン。
ジャスミンの重さをもたない、ジャスミンの香りの分子。Hedione は花というより庭の空気だ。部屋を広く感じさせる。
モートン・ハイリグ(Morton Heilig)。「Sensorama」。
閉じたブースのなかで、ひとりが席を離れずにバイクでニューヨークを走る。風が吹き、座席が揺れ、鼻はバスの排気を嗅ぐ。「Sensorama」は、仮想現実の何十年も前に生まれた。
アート・シェイ「Liz Enjoying Smell-O-Vision with Husband Eddie Fisher, Chicago」
白黒写真は匂いを留められない。けれど、映画館に匂いを送り込む機械に喜んで見せようとする二人の顔は留めている。
濱田庄司「Incense Box」。
テートに、茶碗や杯と並んで収められた小さな炻器の香合。濱田はそれを、驚異としてではなく、使うための物としてつくった。
エドモン・ルドニツカ(Edmond Roudnitska)。芸術としての香水。
スズランが咲くのは一年に数週間。ルドニツカはその数週間だけ庭でそれに取り組み、本物の花と照らし合わせて処方を確かめた。
スズラン。何も差し出さない花。
ボトルを拒む、澄んだ香りの小さな花。私たちが香水のなかで嗅いできたスズランは、どれも肖像である。
エルザ・スキャパレリ「Succès Fou」。
金を刷いた緑のガラスの葉が、ピンクの布を張った紙箱のなかに横たわる。栓を開ける前から、手にした人にはひとつの物語が見えている。
Ambrox。クジラのいない龍涎香。
アンバーグリスには、鯨と大洋と何年もの漂流が要る。Ambrox には、クラリセージの畑と研究室が要る。
ジャン・カルル。鼻を教えた人。
天賦の鼻などない、あるのは鍛えられた記憶だけだと考えた教師。晩年、その記憶が鼻の代わりに働いた。
ジェルメーヌ・セリエ(Germaine Cellier)。許しを求めない匂い。
荒々しいレザー、ひとつのグリーン、濃密なチュベローズ。ジェルメーヌ・セリエは物事を和らげなかった。あるがままに立たせた。
シュルレアリスム国際展「Exposition Internationale du Surréalisme」
頭上に石炭袋、天井灯の代わりに懐中電灯、闇のなかで焙煎されるコーヒー。1938年のシュルレアリスム展は、匂いで空間をつくった最初期の例のひとつ。
イルゼ・ビング(Ilse Bing)「Salut de Schiaparelli」
ユリのあいだに横たわる女性、その輪郭は反転したように光る。イルゼ・ビングは、写真が持つただひとつのもの、光で香りを広告する。
フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティとフィリア「La cucina futurista」
断罪されたパスタ。紙やすりとビロードとともに食べるオリーブ。コーヒーとオーデコロンに浸したサラミ。未来派は、食卓を実験室にしたかった。
ルネ・ラリック、モリナールのために「Calendal」
緑のエナメルで踊る人物たちに囲まれた、高さ10 cmの小さなアトマイザー。瓶は香りを保つだけではない。香りを空気へ送り出す。
ジョルジュ・ルオー(Georges Rouault)「Le juste, comme le bois de santal, parfume la hache qui le frappe」
正しい人は白檀のように、自らを打つ斧をも香らせる。一枚の白黒の版画が、赦しを語るために香りを借りる。
革。プロセスの匂い。
レザーは動物の匂いではない。白樺のタールの、火の、なめし職人が皮にしたことの匂いだ。
脂肪族アルデヒド。清潔の匂い。
吹き消した蝋燭の蝋、オレンジの皮、布に当てた熱いアイロン。脂肪族アルデヒドはどんな物も描かない。描くのはひとつの状態。乾いて、明るく、洗いたて。
マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)。「Belle Haleine, Eau de Voilette」。
デュシャンは店で買った香水のラベルを替え、二文字を入れ替えた。Violette は voilette に、スミレはヴェールになった。香水は、アイデンティティの問いになった。
N°5。花の代わりの数字。
花の名の代わりに数字。花の写しの代わりにアルデヒド。N°5 は抽象絵画と同じ十年を生き、それもまた花の輪郭を手放した。
エルネスト・ダルトロフ(Ernest Daltroff)。手袋に残る煙。
1919年、パリの小さな香水の家が、人前で煙草を吸いはじめたばかりの女性たちのために、レザーとタバコの香りをつくった。
Mitsouko。小説から来た名。
Mitsouko は小説から登場人物の名を借りるが、物は手放さない。苦いオークモスと熟れた桃。物語は忘れられても、苔と果実は残る。
Chypre de Coty。瓶のなかの島。
Chypre はフランス語でキプロス。1917年以降、それはひとつの構造の名になった。苦い苔の上の明るい果皮。島は薄れ、苔は残った。
ヘニング。ひとつの匂いのプリズム。
六つの角、三つの長方形の面、二つの三角形。フランクフルトの心理学者が、形のないものに形を与えようとした。
ルネ・ラリック、コティのために「Cyclamen」
高さ14 cmのガラス瓶。調香師の名とガラス職人の名が、同じ面に型押しされている。ここから先、瓶はもはや香りの後ろに控えない。
アレクサンドル・スクリャービン。「Mysterium」。
ヒマラヤの麓で七日間、音と光と火と香り。スクリャービンは1915年、「Mysterium」をわずか数十ページのスケッチのまま遺して死んだ。
サダキチ・ハートマン「A Trip to Japan in Sixteen Minutes」
船はなく、鼻だけで行く日本への旅。1902年、サダキチ・ハートマンは匂いでできた演奏会を試み、観客は耳を傾けようとしなかった。
ファベルジェ「Miniature Easter Egg with Scent Bottle」
長さ八センチを少し超える石の卵。なかには香りのための空間。ファベルジェは、復活祭のかたちそのものに香水を入れた。
オディロン・ルドン「Puis l'ange prit l'encensoir」。
天使、香炉、黒を背にした一筋の煙。ルドンは、祈りが火になろうとする瞬間を描く。
ズワーデマーカー。九つの分類とひとつの機械。
曲がったガラス管、香りをつけた円筒、目盛り。19世紀の終わりのユトレヒトで、匂いはセンチメートルで測られた。
Jicky。花について何も語らない匂い。
Jicky はどの花も模倣しない。ラベンダーと19世紀の新しい分子から、自然には存在しなかった香りを組み立てる。
ニトロムスク。ひとつの発見とひとつの禁止。
爆薬の研究室で生まれたムスク。布に、水に、体に長くとどまる。その残り方こそが、それが去らねばならなかった理由だ。
Fougère Royale。匂いのないシダ。
シダはほとんど匂わない。それでもポール・パルケはボトルにその名をつけ、ラベンダーとオークモスとクマリンから、誰も嗅いだことのない森を組み立てた。
鈴木長吉「Incense Burner」
根のある青銅の切り株、香炉のそばにつがいのクジャク。高さ228.6 cm。パリでひとつの国が見られるように、つくられた。
アンバー。琥珀から来ない匂い。
手のひらの琥珀のかけらには、ほとんど匂いがない。私たちの知るアンバーは、シスタスの樹脂、バニラ、シャムベンゾインから組み立てられる。語が先にあった。
ジュール・シェレ(Jules Chéret)、ウジェーヌ・リンメル(Eugène Rimmel)のために「Rimmel almanac」
九センチの暦に、ヨーロッパ文学の場面を刷った四色のリトグラフ。調香師リンメルは、見えないものを語るために像を使った。
バニリン。さやのないバニラ。
バニラのさや、樫の樽、古い本に見つかる分子。1874年、それは針葉樹からつくられた。香りは残り、源が変わった。
オーギュスト・アドルフ・ウィルムス、エルキントン社(Elkington & Co.)「香炉」
外側は緑、赤、藤色のエナメル。内側は、粒の浮いた生の銅。どうつくられたかを見せる、ヴィクトリア朝の香炉。
ティファニー「Fern and Daisy Perfume Bottle」
シダとデイジーをあしらった、長さ約十二センチの銀の香水瓶。庭は金属でできている。香りは、その内に静かにある。
クマリン。試験管のなかの干し草。
干し草、トンカ、日なたで乾く葉。1868年、その香りが初めて畑なしでつくられた。草は乾いている。香りは残る。
ウジェーヌ・リンメル(Eugène Rimmel)「Rimmel's programme fan」
表に演目、裏に香水の広告を刷った紙の扇。その夜、ゲイエティ劇場のロビーには香りの噴水があった。
天然か合成か。美をめぐる論争。
花びらと分子。天然か合成かの論争は、ふつう安全性とマーケティングのほうへ引っぱられる。Penta はそれを、美についての、物についての問いとして読む。
日本「源氏物語五冊形香箱」。
錦で綴じた『源氏物語』五冊をかたどった、手のひらほどの香箱。文学が、香木のための殻になる。
ピエス。香りの音階。
ひとつの音にアーモンドとバニラとヘリオトロープ。いちばん上にシベット。ロンドンのある調香師は、香りを五線譜に書こうとした。
ライラック。組み立て直さなければならない香り。
毎年春に数週間だけ咲く紫の房。誰もがその香りを覚えている。けれどボトルのなかでは、いつも記憶から描かれた肖像だ。
日本、江戸時代「十種香道具」。
1856年、花嫁の嫁入り道具に収められた、鼻のための当てもの遊び。小さな物が、大きな政略の縁組を運ぶ。
ピエール・フランソワ・パスカル・ゲラン。皇后のための水。
軽い日々の水、ひとりの皇后のためにつくられた。帝国はとうに去った。Impériale という名はいまもボトルにある。
歌川国貞「Kō o hakobu neya karadaki」
屏風のそばにひとりの姿。香は焚かれ、部屋は香っている。タイトルは、それがすべて空しいと言う。残るのは、二枚を欠いた一枚。
日本「源氏物語図香箱」。
匂宮の帖を描いた、二枚の漆の貝を合わせた香合。生まれながらに香りをまとった男を語る香合。
歌川国貞「Ka ni sasou haru no tsumeoto」
詩の一行のようなタイトル。春の香りが琴爪の音を誘う。国貞は、嗅覚と聴覚をひとつの画面に置く。
オノレ・ドーミエ(Honoré Daumier)「L'Odorat」
帽子の男、窓辺、五つの植木鉢。ドーミエは、パリの暮らしのごくありふれた一場面を通して、嗅覚を描く。
ジャン・マリー・ファリナ(Jean Marie Farina)。オー・デ・コロンの瓶。
背の高いガラス瓶。二世紀近くを経ても、刷られた紙のラベルはそのまま。ラベルには、ひとつの主張。これこそ最も真正なオーデコロン。
初代柳川重信。着物に香を焚きしめる。
正方形の木版画。ひとりの女性、着物、その下の煙。衣は、香りをくぐらせてから身にまとわれる。
ジョサイア・ウェッジウッド・アンド・サンズ(Josiah Wedgwood and Sons)「Pastille Burner, Dolphin Tripod」
三頭のイルカが黒い鉢を支える。なかでは炭と香油がくすぶり、こもった部屋や悪い排水の匂いを隠す。役目を変えた油ランプ。
クロード・ガル(Claude Galle)「香炉」
鋳造し、彫りを入れ、二色に鍍金した青銅。高さはほぼ一メートル。アンピールの部屋に煙を立たせるためにつくられた物。
ヤン・エケルス(子)(Jan Ekels the Younger)。「Conversation Piece (The Sense of Smell)」。
花もなく、女神もいない。エーケルスの絵で、匂いとはパイプの煙、一杯のワイン、閉じた部屋の三人。
プークワ「Man Making Incense Sticks」
青い服の男が、長い板の端に座る。背後には、香の棒を積んだ二つの台。ヨーロッパ人のために描かれたこの絵は、ほとんど誰も描かなかったものを留めている。煙をつくる人。
ジョサイア・ウェッジウッド・アンド・サンズ(Josiah Wedgwood and Sons)「Scent Bottle」
手のひらに収まる、丸く青い香水瓶。白い粘土の、二つの王家の顔。なかには、誰も覚えていない匂い。
作者不詳「一対の香炉」
高さ半メートルを超える二つの青銅の香炉、半ば金、半ば暗色。なかでは、かつて小さな炎が練香を温め、部屋を香らせた。
Joseph-Marie Vien. Allegory of Smell.
ヴィアンは、ターバンと香炉と花輪で匂いを描く。ターバンが指すのはアジア。かつて香がヨーロッパへ旅立った場所。
フランツ・クサーヴァー・メッサーシュミット「The Strong Smell」
固く閉じた目、上げた顎、結んだ唇。私たちが決して知ることのない匂いに耐える、金属の顔。
セーヴル、ジャン=クロード・デュプレシ「Pot pourri Pompadour」
首に透かしを入れ、花綱を描いた白磁の壺。匂いは穴から出ていく。外側の花綱が、それを鼻に説明する。
チェルシー磁器工房「香水の壺」
高さ四十センチを超える蓋付きの磁器の壺が、マントルピースに置かれる。なかには乾いた花びら。まわりには、香る部屋。
クチナシ。留めておけない白い花。
朝は白、午後にはクリーム色、翌日には黄色。ガーデニアは私たちが名づけるより速く変わり、その香りは組み立て直すことでしか留められない。
ジェームズ・「アシーニアン」・スチュアート、ディーデリッヒ・ニコラウス・アンダーソン「Perfume Burner」
建築家は家を、天井を、扉を描く。そして部屋を香らせる物を描く。その形は、ギリシャの供犠の三脚台から来ている。
セーヴル、ジャン=クロード・デュプレシ「Pair of Vases (Pots Pourris à Bobèches)」
ろうそくを立てる二つの磁器の壺。足元には乾いた花か練香。香りは透かしから立ちのぼり、上に載った磁器の花が息をしているように見える。
リンネ。分類者の七つの類。
植物に名を与えた男は、匂いにも名を与えようとした。芳香から悪臭まで七つの類。ウプサラの16ページの学位論文のなかで。
チャールズ・グイン(Charles Gouyn)「香水瓶」
花籠を抱いた磁器の少女、高さ9 cm足らず、石をはめた金メッキの金具付き。なかには、少しの香水。当時の人は、こうした物を玩具と呼んだ。
エーベルラインとケンドラー(マイセン)。「Smell」。
鼻もとに花、手の下に香炉、鼻を下げた犬。高さ28 cmの磁器人形が、嗅ぐことの三つの仕方をひとところに集める。
フランソワ・ブーシェ「嗅覚」
若い女性、煙を上げる器、花を差し出す老人。ブーシェは、一度も訪れたことのない中国のなかに匂いを描いた。
北インド。香水スプリンクラー。
蓮と花を描いた小さなガラス瓶。かつて祝いの日のためのバラ水で満たされていた。外の花が、内の香りを代弁する。
エドム・ブーシャルドン(Edme Bouchardon)「The Sense of Smell」
誰の手も直接触れていない赤いチョークの素描。紙を押し当てたあとに残ったチョークで、主題は匂い。
友治「Set of incense utensils」
透かしの入った銀の立てに、七つの小さな銀の道具。ひとつひとつが、香の作法のひとつの所作を留める。手は退き、木の匂いが前に出る。
野々村仁清「香炉」。
炻器のほら貝。鉄褐色の斑点の上に透明釉。吹くためのものではない。かつて息が通った場所を、香の煙に通らせる。
フランツ・クレイン「嗅覚(Odor)」
手のひら二つ分の幅の紙片。中央で、花の冠をいただいた女性が一輪を顔へ持ち上げる。まわりには、装飾の庭がまるごと。
陳鳴遠「Tripod Incense Burner」
高さ4.8 cmの紫砂の香炉。清代で最も名高い宜興の陶工のひとりによるもの。ひとつの机に収まるほど小さい。
ムガル帝国。ローズウォーター散布器。
客にバラ水を振りかけるための、首の長い銀の器。南アジアでつくられ、のちにイングランドの伯爵の紋章が彫られた。
作者不詳、景徳鎮「十八羅漢図香炉」
白磁に、コバルトの青。虎に乗り、龍を呼び、雲に乗って到来する十八羅漢。1645年、ひとつの王朝が崩れていくなかでつくられた。
Abraham Bosse. L'Odorat.
女神もいない、神話もない。ボスは、ルイ13世治下のパリの夫婦、庭、匂いを嗅ぐ二匹の犬で、匂いを示す。
ジュゼペ・デ・リベーラ(Jusepe de Ribera)。「Boy with a Pot of Flowers. The Sense of Smell」。
少年は花を鼻に近づけない。鉢を持ち、こちらを見ている。誰も嗅いでいない、匂いの絵。
日本「組香道具一式」。
144枚の象牙の札、小刀、台、火取り、硯を収めた漆の箱。すべては三つの香木を当て、誰が当てたかを記すため。
作者不詳、ヨーロッパ「ポマンダーとヴィネグレット」
番号をふった六つの小部屋、それぞれに滑る蓋、蓋ごとに名を記す巻物の飾り。台座をねじって外すと、ヴィネグレットになる。小さな飾り棚のように整えられた香り。
ラファエル・サーデラー1世(マールテン・デ・フォス原画)「Smell」
木の下で、ひとりの女性が花瓶に花を生け、二匹の犬が遊ぶ。余白には二つの名。考案した人と、彫った人。
サファヴィー朝イラン、クバチ焼。花の香りを吸い込む若い男の肖像タイル。
22 cm角の正方形のタイル、透明釉の下に三色、若い男と一輪の花。四世紀以上、陶に留められたひと呼吸。
ヨースト・アマン(Jost Amman)「The Sense of Smell」
野を大股で行く女性、鼻もとに小枝、腕に花籠。そのまわりに、場面の何倍も大きな枠。
マルカントニオ・ライモンディ(ラファエロに基づく)「The Incense Burner」
大きな香炉、それを支える二人の女性、ある王の紋章。煙はない。紙の上に、儀式の形だけがある。
マルティン・ショーンガウアー(Martin Schongauer)。「The Censer」。
尖塔、ヴォールト、天使、煙のための透かし。ショーンガウアーは、建物を描くように香炉を彫った。
鵞鳥形香炉。
幅はほぼ半メートル、15世紀初めに鋳造された青銅の鵞鳥。千年以上前に初めてつくられた種類の香炉を繰り返している。
作者不詳、中国または日本「香炉」
高さ7.6 cm。銅合金。15世紀の年号銘、18世紀と読める時代の記載、二つの可能な故郷。この小さな香炉は、煙よりも多くの問いを抱えている。
朝鮮王朝初期。香合。
金と銀の糸を象嵌した小さな鉄の箱。何も燃やさない。焚く時が来るまで、香を保つだけ。
作者不詳、ロンドンまたはイースト・アングリア「ラムジー修道院の香舟」
小さな銀の舟。両端で、波から牡羊の頭が立ち上がる。教会のために香を収め、やがて湖が干拓されるまで湖底に眠っていた。
作者不詳、イタリア。ポマンダー。
六センチ半、りんごの形で、四つの房に開く。それぞれに、パリスと黄金のりんごの物語の名が記されている。おそらく愛の贈り物。
「松と千鳥の香合」
長さ十センチ足らずの漆の箱に、松と千鳥と貝。香を収める前は、お歯黒の粉を入れていたのかもしれない。
ジャアファル・イブン・ムハンマド・イブン・アリー(Ja'far ibn Muhammad ibn 'Ali)「Incense Burner of Amir Saif al-Dunya wa'l-Din ibn Muhammad al-Mawardi」
体に透かしを入れ、頭を外せる青銅の獅子。なかに炭を入れると、香る煙が全身から出ていく。その体には、いまも注文主と作者と年が記されている。
鴨の形の香炉。
蓮の上の磁器の水鳥。香が燃えると、煙はそのくちばしから出ていく。息のように。
鳥と葉と花をあしらった涙形の香水容器
長さ九センチ足らず、葉のように平たい金の香り入れ。ここで香りは部屋にとどまらない。人とともに行く。
作者不詳、ベトナム「Incense Burner with Dragon Spout」
高さ15.9 cm。青銅。龍の注ぎ口。置き場所の候補は三つの世紀。記録はほとんど何も語らない。その空白こそ、見る価値がある。
嗅覚アート。
香りは見えず、そのまま保つこともできず、二人が同じように嗅ぐこともない。嗅覚アートは、まさにそれを素材とする。
山形の香炉(Mountain-Shaped Incense Burner)。
峰をかたどった、手の高さにも満たない青銅の蓋。香が燃えると、煙は穴を抜け、山に雲がかかる。
テオプラストス。アリストテレスの庭の匂い。
二千年以上前、アテナイのひとりの男が書きとめた。花は遠くから匂うが、根は割らなければ匂わない。彼はまず観察し、説明はそのあとにした。
古代エジプト。睡蓮の花の香りをかぐ座った女性のレリーフ。
長く編んだ髪、鼻もとに睡蓮、そのそばに赤いヒエログリフの柱。四千年近く前に石に刻まれた、嗅ぐしぐさ。