出会う
誰の手入れも要らない場所から、惹きつける。
セージウッドは爽やかなハーブの香水ではない。石の丘に野生する植物の観察である。乾いた土地に生きる。遠い海風を受ける。清らかに。長く続く。誰の手入れも必要としないものの香り。
私は、自足から生まれる引力の言葉。肥えた土なしに生きる植物の言葉。好かれようとしない香りの言葉。
聴く
自分自身であることで、惹きつける。
小さな瞬間がある。セージの小枝を揉んだあと、自分の手の香りをかぐ朝。口数の少ない人に惹かれる午後。本物に構えは要らないと知る一瞬。
そのとき、セージウッドの言葉が語られる。好かれる必要はない。自分自身であるだけ。
すべての引力がやわらかさから来るわけではない。容易でもない。甘くもない。
香りはひとつでは生まれない。セージウッドが声を見つけるために借りた断片。
開くとき
グレープフルーツ海藻セージ
落ち着くとき
緑茶ヘディオン竹
残るもの
パチョリムスクマロウ
こだま
持ち帰る香り。分かち返す片隅。
セージウッドの言葉のなかでは、自らを育てるどの植物にも意味がある。
セージウッドは、家に持ち帰る香りにもなる。机の上の小さな一角。ありふれた一日のための、長く続くハーブのひと重ね。
あるいは、分かち合うための一角。手入れのいらないこと。喜ばせる必要のない話。ただ聞かれるために。